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インタビュー

理系の進路を選ぶ女性は、日本ではまだ決して多いとはいえません。それでもメーカー、IT、製薬、インフラ、建築と、社会のさまざまな分野に、"リケジョ"たちの活躍の場は広がってきています。

山本佳世子さんも、科学技術系のバックグラウンドを生かし、新聞記者のキャリアを築いてきました。その経験から、理系女性がキャリアや生き方を考えるうえで、「自分に合っていて、自然体で力を発揮できて、幸せだと感じられるか」という視点が大切だと指摘します。これはすべての女性が(そして本当は男性も)、心の奥で強く共感するポイントではないでしょうか。

今回は、リケジョの素顔、女性の働き方、取り巻く社会環境、ダイバーシティと、さまざまな角度から山本さんにお話をうかがい、女性のミライを考えます。

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——理学部から工学修士に進み、研究者を志していた山本さんが、新聞記者という仕事を選んだのはなぜですか。

大学院の修士課程のとき、1年かけて取り組んだ研究がうまくいかず、「巡り合わせというのもあるから、研究テーマを替えよう」と、先生に言われたのです。大ショックでした。

研究者にとって、こうしたことは珍しくないんです。研究というのは、どんなに長い年月をかけて頑張っても、うまくいかないことがある。それでも追究し続けられる人こそ、研究者にふさわしい。その点で、私は研究職にはむかないと感じました。そして同じ科学技術関連でも、もっと実社会に近いところで取り組む、短期集中型の仕事のほうが、むしろ自分には合っていると気づいたのです。

入社した日刊工業新聞社では、希望どおり科学技術部に配属され、バイオテクノロジーと化学を担当しました。自分の専門分野をベースにして、自然体でのびのびと力が出せる仕事です。記事を書けばすぐ反響があるのも嬉しくて、とてもやりがいを感じました。

山本佳世子さん

——そういう仕事と出合えたのは、本当に幸せですよね。その後、新聞社で順調にキャリアを重ねていかれたのでしょうか。

そうとばかりは言えません。30歳の頃、化学業界の企業ビジネス担当記者になったときは、それまで縁がなかったビジネスの領域で、とまどうことばかり。「こんな書き方をされては困る」と、クレームがくることもあって、緊張が絶えずかなり苦しみました。

文章を書くのは好きだったので、いっそ記者を辞めて小説家になれないかと、仕事の傍ら、小説の書き方講座に通ったりもしたんですよ。でも結局わかったのは、社会と科学技術をつなぎ、世の中に役立つものを生み出す記者の仕事が、やはり自分には合っているということでした。おかげでキャリアの危機は、前向きに「卒業」できました。

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——今の仕事を続けるべきか悩んだとき、山本さんのように、はっきりした専門分野や得意分野があれば心強いでしょうね。

そうですね。その後、国立大学の法人化に伴って、私は40代を前に、大学と産学連携の担当記者になりました。産学連携は新しい分野です。専門の記者が少ないと知って、仕事をしながら博士号をめざしたのですが、日本の研究力の未来や、大学の研究環境のあり方を、深く考えることができたのも、研究者をめざしたバックグラウンドがあったからです。

でも私としては、「スペシャリストでゼネラリスト」というキャリアのあり方を、意識してきたつもりです。専門性だけでなく、ゼネラリスト的な感覚をもって仕事をしないと、興味をもって読んでもらえる記事、誰もが理解しやすい記事は書けません。どんな分野のスペシャリストでも、ゼネラリスト的な要素はもっていたほうがよいと、私は思います。

——今は女性が働く環境も、だいぶ変わってきていると思いますが、ジェンダー・バイアスを感じたことはありますか。

私自身は、偏見も圧力も特に受けませんでした。専門性が高い仕事をしていたおかげもあるかもしれません。いずれにしても、今は私たちが社会人になった頃より、ずっと女性が働きやすい環境が整備されています。昔より悪くなっている点は、ひとつも見当たらず、理系女性を含む女性のキャリアについても、私はどちらかというと楽観的です。

ただ、これだけ変化が激しい時代ですから、子育てなどで長期間、完全に職場を離れてしまうと、いざ戻ろうとしたとき、ついていけないことがあるかもしれません。基本的に、あまり長いブランクは作らない、仕事を離れる期間が長いなら、その間にも専門性を高める、スキルのアップデートに努めるなど、仕事の再開に備えるのが賢明でしょうね。

山本佳世子さん

——「ダイバーシティ」のあり方や、その実現についてはどうですか。

何が何でも女性が男性と同じ働き方をするといったことは、多様性とはいえませんよね。ひと口に女性といっても、性格はバラバラだし、仕事に没頭する人もいれば、仕事より家庭が大切という人もいるのですから。

実は私は少し前まで、理系女性といえば、自分と同じように仕事を大切にして、コツコツ頑張る人たちだと思っていました。でも最近、理系女性が増えてきたおかげで、とても彼女たちを十把一からげになど語れないと、痛感したんです。どんな"少数派"にも、一人ひとりの幸せ、一人ひとりの権利、一人ひとりの生き方がある。それを認識することが、ダイバーシティが尊重される社会づくりの、第一歩ではないでしょうか。

——今は、露骨な女性差別は滅多にありませんが、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」は案外多いとか。アンコンシャス・バイアスとは、何でしょうか。

たとえば会社で男性上司が、「この仕事の担当は〇〇さんだが、彼女は今、育児で大変だ。泊まりの出張は負担だろうから、君が代わりに行ってあげなさい」と、仕事を割り振ってしまうようなケースです。彼に悪気はなく、「子育て中の女性はこういうものだ」と、ただ何となく思いこんでいるのです。

〇〇さんに意見を聞いていれば、「いえ、ぜひ私にやらせてください!」と答えたかもしれません。あるいは、「代わってもらって助かりました!」と喜んだかもしれません。どっちしても、本人の意見を無視して、忖度や決め付けをしてはいけませんね。

アンコンシャス・バイアスでは、この上司のように、よかれと思う気持ちが根底にあるケースが少なくありませんから、頭ごなしに批判するより、上手に誘導して思いこみに気づいてもらうのがベストです。

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——『理系女性の人生設計ガイド 自分を活かす仕事と生き方』は、どんなふうに読んでもらいたいですか。また今後はどのような活動を予定していますか。

この本には、女性のキャリア全般に通じる部分も、理系女性を部下にもつ男性上司が知っておくとよい内容も含んでいますから、理系女性だけでなく、いろんな方に読んでいただけると嬉しいです。

記者の仕事はこれからも続けていきます。普通は行けない場所へ行き、最先端の話を聞くこの仕事のおもしろさは、今もまったく変わりません。最近は、日刊工業新聞のWEB版にも記事をあげていますが、普段はうちの新聞など絶対に目にしないような読者から、思いがけない反応があったりして新鮮です。

近年は論説も書くようになりました。博士号をもつ論説委員は稀なので、そういう自分にしかできない仕事をしたいですし、このMIRAI Timesのような媒体を通じて、広く社会に発信する機会も、大切にしていきたいと思っています。

『理系女性の人生設計ガイド 自分を生かす仕事と生き方』

『理系女性の人生設計ガイド 自分を生かす仕事と生き方』
昨今、理系の道に進む女性が増えている。彼女たちが抱える職場での悩みやキャリア形成、結婚や子育てとの両立といったさまざまな事例を紹介し、理系女性のリアルに迫った一冊。国内外で活躍するリケジョの先輩として、東北大学の副学長で生命科学分野の研究第一人者である大隅典子さん、東京大学教授で流体工学を研究する大島まりさん、東京工業大学出身で日刊工業新聞社の専門記者・山本佳世子さんが登場。理系女性が不安を乗り越えて強く生き抜くヒントが満載の一冊。

書名:『理系女性の人生設計ガイド 自分を生かす仕事と生き方』
著者名:大隅典子、大島まり、山本佳世子
版元名:講談社

山本佳世子

山本佳世子
日刊工業新聞社論説委員、編集局科学技術部編集委員。東京工業大学、電気通信大学非常勤講師。1964年生まれ。お茶の水女子大学理学部化学科卒、東京工業大学大学院修了(工学修士)。日刊工業新聞社に入社し、記者として科学技術(化学、バイオ)、業界ビジネス(化学、飲料)、文部科学行政、大学・産学連携を担当。仕事と並行して東京農工大学大学院修了(博士(学術))。産学連携学会業績賞受賞(2011年度)。文部科学省科学技術・学術審議会臨時委員ほか。著書に『研究費が増やせるメディア活用術』、『理系のための就活ガイド』(以上、丸善出版)、共著『理系女性の人生設計ガイド 自分を生かす仕事と生き方』(講談社ブルーバックス)。

日刊工業新聞「ニュースイッチ」
https://newswitch.jp/member/detail/6924

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