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原料や素材に始まり、生産、流通、販売、消費へと至る経済の仕組み全体を「エシカル」に。限りある地球の資源を未来へつなぐため、あたかも植物や動物のように輪廻転生する新しい社会経済システムを創りたい——。そんな発想をもとに千葉商科大学人間社会学部の伊藤宏一教授が構想する「エシカル経済」についてひもとく連載シリーズの第1回目。今回はエシカル経済の最も重要なキーワードとなる「循環」と「共有」の社会現象から。

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【第1回】「エシカル経済」とは?
「循環」と「共有」から始まる社会経済システムの進化形

「地球から何も採らずにすべての製品をつくることを目標とします」——

2021年2月23日、アップルのティム・クックCEO(最高経営責任者)はオンライン株主総会でそう発言し、再生可能またはリサイクル可能な材料だけを使ってパソコンやスマートフォンを製造する計画を進めていることを明らかにした。

アップルは昨年7月にも、事業活動による温室効果ガスの排出量を2030年までに実質ゼロとする方針を表明。社内だけでなく、アップルに部品などを供給する取引先企業に対しても再生可能エネルギーの全面利用を求めるなど、事業のサステナビリティ(持続可能性)を追求する姿勢を強めている。

同様の動きはアップルなどのIT系巨大企業はもとより、ナイキ、H&M、フィリップス、ユニリーバ、イケア、スターバックスといったグローバル企業を中心に、製造業、流通業、サービス業など業種を問わずに世界的規模で拡大する傾向にある。

スポーツシューズのナイキは2020年2月、工場から出る繊維ゴミなどの廃棄物を素材の約9割に使ってつくる製品ブランド「SPACE HIPPIE」を発表。家具大手のイケアは2030年までに全製品に再生可能素材とリサイクル素材を使用する目標を掲げ、廃棄物を減らすための家具レンタル事業にも2019年から乗り出した。

こうした動向の背景には、気候変動や資源枯渇などの深刻化が進み、これまでの大量生産、大量消費、大量廃棄を前提とする社会経済システムではもはや成長は望めなくなったとの危機感がある。

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そのため、これに代わる持続可能な新しいシステムとして注目されているのが、「循環経済(サーキュラーエコノミー)」である。千葉商科大学でソーシャルファイナンスなどの教鞭を執る伊藤宏一教授によれば、その基本は次のように言い表すことができる。

循環経済(サーキュラーエコノミー)とは
限りある資源を何度でも繰り返し使うことができるよう初めから経済システムを設計し、デジタル化やシェアリングといったイノベーションも活用しながら、可能なかぎり資源を使わずに循環させていく仕組み

コンサルティング大手のアクセンチュアが2015年に発表した調査結果によると、サーキュラーエコノミーによる経済効果は2030年までに全世界で4.5兆ドル(約500兆円)に及ぶとされる。一方で、このまま大量生産・大量消費型のビジネスを続けた場合、2030年時点の経済損失は同じく4.5兆ドルと予測され、サーキュラーエコノミーが見事にこれを相殺する計算となる。

「シェアリングエコノミー」への転回も始まった

「近代的な経済システム全体の歴史的転換が始まっている」。そう観測する伊藤教授が、その象徴的な潮流として「循環経済」と並んで挙げるもう1つのキーワードが、「共有経済(シェアリングエコノミー)」である。

共有経済(シェアリングエコノミー)とは
「十分に使われていないモノ、空間、知識・知恵、技能等の遊休資産をICTの活用によって共有する幅広いビジネス」(未来投資戦略2017/内閣府)と定義されるが、要するにインターネットを介して個人同士や企業間でさまざまな資産をシェアする仕組みをいう。

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一般社団法人シェアリングエコノミー協会によると、その領域は、駐車場や会議室などの「空間」、家事や介護などの「スキル」、カーシェアに代表される「移動」、クラウドファンディングの「お金」、そしてフリーマーケットなどの「モノ」に分類され、それらのビジネスが生み出す国内市場規模は2030年度に11兆1275億円に達すると予測されている。

伊藤教授はこうした実状を踏まえ、これまでの近代経済は私有と公有(国有)を基本としてきたが、世界的な人口の急増などにより私有が限界に達する一方、インターネットの普及により必要な人が必要なモノやサービスをいつでも必要なときに利用できるようになり、新しい共有経済が始まったと分析する。その経緯はこうである。

「日本にしても西洋にしても、もともと近代化以前の社会には共有原理がありました。例えば日本であれば、地域住民が責任を持って管理する共有地として溜め池がありましたし、各地に見られた田植えや茅葺き作業の助け合い、掛け金を出し合う西日本の頼母子講のように、土地や森林だけでなく労働や金銭さえも共有の対象でした。沖縄の模合(もあい)などは今でも続いていますね。

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ヨーロッパでは17世紀に活躍したイギリスの哲学者ジョン・ロックによって私有の概念が広まりますが、北欧では森林や河川などの自然は人々の共通資源、いわゆるコモンズであるとする意識が根深く続きます。これはイギリスの公園が、貴族などの所有に端を発するParkと、手つかずの自然が元になったCommonsに分かれることにも関係します。

そうした共有原理が、いつしか近代化が進んでローマ法的な私的所有権が確立するのに伴い、私有と公有に取って代わられ現在に至るわけですが、インターネットの登場とデジタル化によってモノと情報と労働力が共有されることとなり、再び急速に拡大しつつあるということです」

そこにはモノやスキル、金銭などの共有だけでなく、再生可能エネルギーや土地といった「自然の共有」も含まれ、それが循環経済の進展にとっても必要不可欠の要素となるのだという。

「循環」と「共有」の社会経済システムが地球を救う

サーキュラーエコノミーによって資源の利用を最小化できれば、資源枯渇に歯止めがかかり、また資源採掘にかかるコストも最小限に抑えることができる。同時に、シェアリングエコノミーによってあらゆるものを共有利用することで、資産の無駄が解消し、製品や素材の寿命も延びることになる。すると例えば、最後はユーザーに捨てられて買い換えられることを前提に、次々と新しい製品が市場に投入されていく無駄、いわゆる「計画的陳腐化」なども解消されていく。

その結果、経済活動と資源利用のデカップリング(分離)が実現し、地球に過大な負荷をかけずに経済成長を追求する、新しいカタチの社会経済システムが拓かれることになる。それはすなわち、経済活動と自然環境への影響とのデカップリングでもあり、こうした循環と共有への取り組みが、自然システムそのものの再生と保存、ひいては増加にもつながることが重要な意味を持つと、伊藤教授は強調する。

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そうした認識は、2019年9月23日、サーキュラーエコノミーを推進するイギリスのエレン・マッカーサー財団と、スウェーデンのコンサルティングファームであるマテリアルエコノミクスが共同で発表したレポート(Completing the Picture: How The Circular Economy Tackles Climate Change)によっても世界的に浸透することとなった。

このレポートは、「国連気候行動サミット2019」の開催に合わせ、気候変動リスクを回避し脱炭素社会を実現するうえでサーキュラーエコノミーが果たす役割を示したもの。

一般に地球温暖化対策の最も有効な手段は再生可能エネルギーへの転換であると認識されているが、仮にすべてのエネルギーでそれを達成しても、カバーできるのは世界の温室効果ガス排出量の55%にすぎないという。残り45%はエネルギー産業以外の工業製品や消費財、食料などの製造や利用に伴い排出されるのであり、サーキュラーエコノミーの手法を用いてこれにアプローチしない限り、国際社会が目指す「2050年までにゼロエミッション(温室効果ガス排出量ゼロ)」の目標達成は望めないと結論づけている。

したがって、気候変動に代表される地球環境問題や自然環境の保全と、循環・共有の社会経済システムは不可分の関係にあるといえるのだ。

円グラフ

出典:Ellen MacArthur Foundation, Material Economics, Completing the Picture: how the circular economy tackles climate change (2019)

エシカル経済——「輪廻転生する社会」を創る新しい仕組み

では、循環や共有の原理へと回帰することで、人々の生活や企業行動、社会の仕組みはどのように変化していくのか。それを考える手掛かりとなる新しい概念が、伊藤教授が提唱する「エシカル経済」である。

「エシカル(ethical)は英語で『倫理的・道徳的』を意味します。『倫理的な経済』、それはつまり、自然に対する経済の倫理性や、人と社会・地域に対する経済の倫理性を確保するために、生産・流通・消費・金融・企業行動といった経済活動の全般にわたる倫理性の確立を求めるものです。そのための基本理念が『循環』と『共有』であり、またそれを実現するための具体的な手段、すなわちビジネスモデルとなるのが、『サーキュラーエコノミー』や『シェアリングエコノミー』であるということです」

再エネ利用によるエネルギー資源の循環も、製品や原料を無駄なく使い続ける新しいビジネスも、デジタル化がもたらすオンライン配信などの脱物質化も、すべてはこの中に位置づけることができるという。

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最近よく聞かれる「エシカル消費」もその1つ。エシカル消費は、人や社会、環境、地域に配慮したものやサービスをすすんで選ぶ消費行動を表す言葉で、安心・安全、品質、価格と並ぶ商品選択の「第4の尺度」ともいわれている。

一般社団法人エシカル協会によれば、ヨーロッパに端を発して1990年代に始まったエシカル消費のムーブメントはファッション業界を中心に世界に広まり、気候変動や食品ロス、経済格差、人権侵害といった問題が顕在化するのに伴い、できるだけ負荷の少ないものを使おうとする意識となって日本にも浸透しつつあるという。消費者庁も2020年10月、エシカル消費特設サイトを開設した。

エシカル経済は、こうしたエシカル消費へと向かう関心や行動の一歩先にある、いわば「エシカル消費の未来のカタチ」として捉えることもできると、伊藤教授は話す。

「エシカル消費は確かに非常に重要な行動です。ただ、世界を取り巻く現在の状況を俯瞰すれば、消費だけの問題ではないことは明らかです。資源や原料に始まり、素材、生産、流通、販売、そして消費へと流れる経済の仕組み全体をエシカルにしなくては、根本的な解決には至らないでしょう」

地球の実りから取り出される素材を⽣かして、⾐服や⾃動⾞、電⼦製品、家や建物を作り、使い終わったら、捨てるのではなく、再⽣させて幾度となく使えるように循環させていく。浪費につながる消費ではなく、再⽣させる消費。限られた緑の地球の資源を⼤切に⽣かす⽅法、植物や動物のような輪廻転⽣ができないだろうか——。伊藤教授はそう考えた。

その先に見えてきた世界が、エシカル経済である。伊藤教授はエシカル経済こそが、国連のSDGs(持続可能な開発目標)を達成するとともに、コロナ禍で疲弊し格差と分断が拡大する世界を立ち直らせる唯一の道であると信じている。

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次回はエシカル経済の本質をなす2つの理念「循環」と「共有」について、その源流を日本の歴史と文化にも訪ねながらひもといていく。

伊藤 宏一教授

伊藤宏一(いとう・こういち)
人間社会学部教授。日本FP学会理事。NPO法人日本FP協会専務理事。「金融経済教育推進会議」(金融庁・金融広報中央委員会等で構成)委員。(一社)全国ご当地エネルギー協会監事。専攻はパーソナルファイナンス、サステナブルファイナンス、金融教育、ライフデザイン論。著書等に「シェアリング・エコノミーと家計管理」(『生活経営学研究』2018)、「人生100年とライフプラン3.0」(『月刊 企業年金』2017)、『実学としてのパーソナルファイナンス』(編著中央経済社)、H・アーレント『カント政治哲学の講義』(共訳 法政大学出版局)、アルトフェスト『パーソナルファイナンス』(共訳 日本経済新聞社)など。

この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

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