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コラム

新型コロナウイルスの感染拡大により冷え切った経済からの回復の鍵となると言われているグリーンリカバリー。グリーンリカバリーに向けた日本の動きについて元日本経済新聞論説委員の内田茂男学校法人千葉学園理事長が全3回にわたって解説します。

急増するESG関連投資

第1回で触れましたように、内閣府が昨年末、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を公表しました。その中に「世界のESG関連の民間資金3,000兆円を取り込んでいく」という1節があります。3,000兆円というのは日本のGDP(国内総生産)の約5倍に当たります。これをきっかけにマスコミでは「3,000兆円」が頻繁に引用されるようになった気がします。この数字は環境関連投資の国際的な調査機関であるGSIA(世界持続可能投資連合)の集計結果を基にしたものです。

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GSIAによりますと2018年の世界のESG(環境・社会・企業統治)関連投資は、30兆6,860億ドル(約3,200兆円)だとされています。GSIAは2年に1度、調査結果を公表しているのですが、コロナ禍で集計が遅れているのか、いまのところこの数字が最新です。
年金基金などの機関投資家がここ1、2年で急速にESG投資を増やしているとみられていますから、現時点では4,000兆円規模になっている可能性もあります。

グリーンリカバリーの原動力は、長期にわたる主要国の金融緩和政策で世界の金融・資本市場に蓄積されている膨大な民間資金なのです。

石油の巨人の歴史的敗北

エクソンモービルといえば化石燃料の主役、石油の世界ではまさに帝王といっていいでしょう。その帝王が5月26日に開催した株主総会の結果に世界中のマスコミがびっくり仰天したのです。アメリカ最大の経済新聞であるウォールストリー・トジャーナルは「石油の巨人の歴史的敗北」と報じました。なぜでしょうか。

この株主総会は、アクティビストといわれる「モノ言う株主」が環境問題を重視する4人を取締役に選任する議案を提出していたことで、世界の企業経営者や投資家から注目されていたのです。エクソンの経営陣は、この議案に反対票を投じるように働きかけていました。

結果は?実に4人のうち2人が多数の株主の賛成票で当選したのです。この議案を提出したのは、エクソン株のわずか0.02%しか保有していない典型的な零細株主のエンジン・ナンバーワンという投資ファンドでした。これまでエクソンを支えてきた多くの大株主が、環境派を支持したということが世界を驚かせたのです。

資本主義を支える金融・資本市場で、利益至上主義から環境重視へ、潮目が大きく変わろうとしていることを象徴した“事件”といっていいでしょう。
石油メジャーでは、イギリス・オランダ資本のロイヤル・ダッチ・シェルが、「自社操業の他に顧客の製品消費を含めた温暖化ガス排出量を2050年までに実質ゼロ」とする方針を掲げています。

最大の運用機関、ブラックロックも変身?

これまで世界の投資家から集めた資金を運用する機関投資家といわれる運用機関、ちりわけ企業や自治体の職員の年金積立金を運用する年金基金は、できるだけ長期にわたって安定収入を獲得できる金融資産に投資することが求められています。長期間、年金を給付するという「受託者責任」が問われるからです。必然的に長期間、高収益をあげている、いわゆる優良企業の株式や債券に投資するのが基本戦略でした。

しかし北欧の年金基金が環境重視の姿勢を強め、170兆円の公的年金の運用残高を持つ日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がESG投資重視に舵を切ってから、流れは変わりました。いまやアメリカやヨーロッパの大手年金基金のほとんどが環境重視を打ち出しています。

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そうした中で筆者が注目しているのは、世界最大の民間運用会社として知られるアメリカのブラックロック社が 、さまざまな企業の株主総会で環境重視の行動を明確な形で取り始めたことです。同社はこれまでは「資金提供者に確実な見返りを(投資利益)を還元するのが義務だ」と公言していたのです。

民間企業は、株主や投資家に評価されなければ株価が下がり、必要な事業資金を効率的に集めることが困難になります。必然的に企業は「環境重視」の経営に変わっていかざるをえなくなります。

EU、「ESG情報開示ルール」を抜本強化

政府、公的機関も企業の環境関連情報の公開基準を策定、強化しようと積極的に動き始めています。典型的なのはEU(ヨーロッパ連合)です。EUは世界に先駆けて、2014年に策定した「企業持続可能性開示指令」を大幅に改定し、2024年から施行しようとしています。域内の指令対象企業を4倍以上(約5万社)に増やし、気候変動が事業に与えるリスク、事業が環境に与える影響を開示する義務を課す、というのがその内容です。

日本でも金融庁、東京証券取引所が「コーポレートガバナンスコード(企業統治指針)」を改正し、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース:2017年に主要国の金融当局で構成する金融安定理事会FSBのもとで設置されている機関)に基づく情報開示を求めていくことにしています。また日銀も金融機関考査に当たって気候変動リスクを考慮するということです。アメリカのSEC(証券取引委員会)やFRB(連邦準備委員会)も環境重視の姿勢を強めていると報道されています。

グリーンリカバリーは市場の力を支えに着実に実現していくでしょう。

内田茂男

内田茂男(うちだ・しげお)
学校法人千葉学園理事長。1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

この記事に関するSDGs(持続可能な開発目標)

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