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こんにちは。
千葉商科大学専任講師の枡岡です。

師走に入り気ぜわしい毎日が続きます。今月は、マンネリ化した気分を一新させてくれそうな、大人のための良質な教養本をピックアップしました。重すぎず軽すぎない知の世界にしばし遊び、疲れ気味の心に栄養をあげましょう。

1.『FACTFULNESS』ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著(日経BP2019年刊)

FACTFULNESS

私たちは、'思いこみ'で物事を判断することがとても多いといいます。だからデータや事実に立ち返り、世界や物事を正しく読み解く力を身につけて、'思い込み'から自分を解き放とうと、著者ロスリングは呼びかけます。

私たちを縛る'思いこみ'を、彼は10の'本能'と表現しています。たとえば「分断本能」。あなたは、「先進国は一握り。世界にはご飯が食べられない子どもがたくさんいる」と、思っていませんか?

これは1965年のデータを元に、私たちが子どもの頃に学んだことを、そのままアップデートせずにきたイメージです。2007年のデータでは、本当に貧しい後進国は1割ほど。先進国、後進国という枠組み自体が、この半世紀でガラリと変わっているのです。

「ネガティブ本能」は、とかく悪い方向で物事をとらえる傾向です。平穏無事ならそこにニュース性はないので、メディアは悪い出来事ばかりを取り上げ、私たちは世界が悪い事で満ち溢れていると思いこみます。統計やデータに立ち返ると、悪い事もよいことも、同じように起きていて、時間的経過のなかでは、前より確実によくなっていることもたくさんあると気づくでしょう。

「直線本能」も、ありがちです。地球は人口爆発の危機にあるといいますが、我々は、右肩上がりのグラフはずっと右肩上がりで推移すると、盲目的に思いがちです。貧しい地域では、亡くなる子どもが多いぶん、どんどん子どもを生まなくてはなりません。しかし経済がよくなると子どもは死ななくなり、多産の必要もなくなります。世界人口も、経済規模とのバランスがとれるところに落ち着くでしょう。

これら3つをはじめとする10のテーマごとに、軽いクイズが用意されています。チンパンジーがデタラメにやった場合の正答率は33%とか。

さて、では私たちは何問正解できるでしょうか?
その正解率は、なんと………

ぜひ、本書を参照してみてください!

2.『美術の物語』エルンスト・H・ゴンブリッチ著(河出書房新社2019年刊)

美術の物語

ラスコーの壁画から現代美術までを網羅した688ページの大型本ですが、作品の図版がふんだんに掲載され、個々の作品の物語を紐解くような解説にも引き込まれます。

美術というのは、人間が生きている世界、見ている世界を形にしたものですから、美術史も単なる形式の変遷ではなく、人間のものの見方やイメージの変遷です。このアーティストは、なぜこんなイメージを作ろうとしたのか。なぜこの表現や、この形、この様式を選んだのか。作品の声に耳を澄ませ、そこに存在する人間を感じ、その人が見ていた世界に思いを馳せるおもしろさが、本書には横溢しています。

筆者はこう語ります。今に残る美術作品はすべて、作者が「よし、これだ!」と納得した瞬間瞬間そのものなのだ、と。つまり、作者と、彼らが描こうとする世界の'調和性'を、作品が体現しているのです。作者が常にそこに向かって制作活動を続けてきた、その行きついたところの'調和性'を発見することで、作品の中の人間の息づかいや、彼が描く世界を、より身近に感じることができるでしょう。同時に、人間は創作活動を通じて、常に自分の物語を紡いでいるのだとわかります。手頃な文庫本もありますので、肩肘張らずに楽しんでみてください。

3.『光悦考』樂吉左衞門著(淡交社2018年刊)

光悦考

「おちゃわん」の原点って、ご存知でしょうか?
縄文時代には土器が生まれました。太古の暮らしの中に土から生まれた器の始まりです。時を経て、古い窯で造られた焼物や美濃焼(志野・瀬戸黒等)が生まれますが、なかでも侘茶の大成者・千利休の時代に「楽焼」というお茶碗が生まれました。

楽焼はろくろを引かず、手捏ねといって、手のひらと指先で成形し、1つひとつを丁寧に焼くのです。利休の依頼によって彼の精神を一身に受け、初めてこれをつくった人を「長次郎」といいます。

後に天下の「おちゃわんや」として「樂」の字を秀吉そして秀頼から賜り、子々孫々とその心と技を受け継いできたのが、現在16代に続く樂吉左衞門一族です。

本書は前代・15代樂吉左衞門・直入氏によるもので、桃山から江戸時代にかけて活躍した本阿弥光悦について書かれています。

著者によれば、日本の芸術には、幽玄、虚、身体の型といった特殊な美の感度があって、その本質には宇宙と同じ根源性があるといいます。その上で著者は、「利休は美にあらず美を超脱し、織部は美を留め美を破綻させる。そして光悦においてようやく茶碗は美を極め美を現前させる」と述べ、茶の湯における茶碗の美の変化を言い表しています。

著者は光悦の茶碗に日本の美の極点を見出し、光悦のお茶碗が持つ本質的な美性について、「平仮名」がもつ流動的な美の体現性に類比させて、丁寧に解説を交えながら語っています。

私も光悦のお茶碗が好きです。その美しさはなかなか言語化できない難しさがあります。けれども著者はこれを見事に、「おちゃわんや」としてのご自身のあり方から語られている。それゆえ、これは収集家や評論家の語りでは決して果たすことのできない「おちゃわん」の本質的な評論になっている。そこが本書の特筆すべき点なのです。

人間の心が土によって身体化され、いのちの炎に燃えて光りかがやき、一服の茶を居合わせる人のもとへ届ける。
茶碗の美とは、受け包み、和ませる心、その無垢な心の美しさなのだと思います。
たとえそれが、どんなに厳しく恐ろしい瞬間を予感させるものであっても、その本質は、優しさなのだと思います。

光悦はその意味で、日本のこころの極みを体現しているのだと、そう本書を読んで感じました。そして、この日本の茶碗に今、欧米の人たちがとても強く関心を持っている。科学的で客観的なアプローチの限界点に立つとき、人々が必要とするものはまさに、茶碗が持つ、宇宙と自然と人間の、調和するこころそのものかもしれません。

知識がなければ教養は育まれません。しかし、ものをたくさん知っていることが教養かというと、それは違うでしょう。私たちはどんな思いで社会を作り、人と関わり、地球の未来を作るのか。込められた思いを、自分にも人にも問い訊ねる力が、教養ではないかと思います。いくつになっても教養を磨き、豊かな人生、豊かな社会を作って行きたいものですね。

枡岡大輔(ますおか・だいすけ)
基盤教育機構専任講師。専門は哲学。明治学院大学大学院博士前期課程修士(国際学)、早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学(地球社会論/生命倫理学専攻)。東京工芸大学、帝京平成看護短期大学、大阪経済法科大学を経て2013年より本学勤務。日本ヘーゲル学会会員、日本ミシェル・アンリ学会会員。共著として『高校生のための哲学思想入門:キルケゴール』(筑摩書房)、『知識ゼロからの哲学入門:デカルト、キルケゴール』(幻冬舎)。茶道の茶碗を愛好し、猫好きでもある。お気に入りの本は、『海辺のカフカ』と『100万回生きた猫』。

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