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こんにちは。
千葉商科大学専任講師の枡岡です。

今回は、古くから常に人の営みの中心にあった「宗教」というものを通じて、人間の歴史を眺めてみましょう。

さて、〈宗教〉という言葉に対して、私たち日本人は独特な感触を持つものです。それは、普段からそれとして特に正面切って向き合わなければならない状況に置かれていない、ということがあります。けれども、世界を見回してみるとき、そういう状況のほうが、ずっと稀で、ちょっと不思議なことなんですね。

信仰を持つか否かにかかわらず、私たちの生活のなかに宗教は息づいています。それらは様々な形、場面、形式や習慣の中で、私たち自身に大きな影響を与えています。それでは、いったいどのようにして、私たち自身の価値観や生活形態が形作られてきたのでしょうか。これを教えてくれる3冊の本を紹介してゆきましょう。

1.『世界は宗教で動いてる』橋爪大三郎著(光文社2013年刊)

世界は宗教で動いてる

そもそも世界には、いったいどんな宗教があるのでしょう。それを大づかみに知りたいという方に、本書はぴったりの一冊です。ビジネスパーソン向けの講演が元になっているだけに、国際ビジネスで最も重要な教養として、さまざまな宗教の概要や、主要な文明と宗教とのつながりが、わかりやすく解説されています。

宗教を知らないと世界の人々の多様性、すなわち価値観や指向性を理解することが困難です。逆に、宗教を少しでも知っていれば理解する構えをとることができます。多様な人々との共生が課題となっている今日において、宗教を学ぶことは国際社会の基礎教養として必須なのだと著者の橋爪先生は語っています。

本書の特に面白い点は、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教など一神教と多神教の違いや、インド、中国、日本などアジアに生まれた宗教の特質をざっくり学べるところにあります。私たちが普段当たり前だと思っている(思い込んでいる)常識や価値観の背景に、宗教の歴史と社会構造との結びつきがあることをイメージできるでしょう。

人間の社会は宗教によって形作られてきた、と言っても過言ではないのですね。本書を読むことで、人間の歴史と宗教との結び付きが大まかに了解できると思います。

2.『日本精神史:自然宗教の逆襲』阿満利麿著(筑摩書房2017年刊)

日本精神史:自然宗教の逆襲

先の本では主に世界の諸宗教の概要がわかりやすく描かれているのに対して、本書では、特に日本人にとっての、内実としての宗教の意味について歴史を踏まえて描かれています。著者の阿満先生は「自然宗教」と「創唱宗教」という言葉で、日本人の特殊な宗教的状況—いわゆる「無宗教」—について解説しています。

自然宗教の考え方は、生まれいずるものはすべて「神」ととらえます。日本人はそもそもこの考え方になじんできた。けれどもそれは同時に、日本人の特有なあいまいさ—長いものに巻かれていれば何とかなる—に陥ってしまう部分がある。政治権力が神聖化されれば、神聖なものには歯向かわない、という図式になってしまうわけです。

そこで、普遍的な救済を訴える「創唱宗教」が現れてくるのですが、これもその本質を開花させる前に政治と権力の構造のもとで鎮圧されてしまう歴史があると阿満先生は指摘します。こうした状況の中から、いったい日本人はどのようにして自らの〈主体性〉を確立しうるのか。阿満先生はそう問いかけます。

阿満先生の考えでは、主体性とは自らの生を選ぶこと、したがって、それは自分自身の人生に対して、それぞれが、あらゆる意味において揺るぎのない意志を持つことと同じことであり、その手掛かりを与えるものこそ本来の〈宗教〉の意味ではないかと語られています。宗教を通じて学び、選択し、自分自身の生を積極的に生きられること。その可能性への祈りが込められた作品になっています。

3.『武士道』新渡戸稲造著(岩波書店1938年刊)

武士道

最後にご紹介しますのは、本学創設者である遠藤隆吉先生の思想にも深く関係する一冊です。遠藤先生は、かつて日本の商業経済の混乱と腐敗を嘆き、まっとうな商いを実現するためにはいわば武士的精神を注入し、倫理に基づいた実学教育を確立しなければならないと述べました。では、武士的精神とは何でしょう? 本書はそのヒントを与えてくれます。

留学先で日本人の「倫理」を示すものとは何かと聞かれ、答えに困った新渡戸稲造は、日本人の倫理的基準を「武士道」の中に見出しました。それは、運命を受け入れて悟りを開き自らの道を切り開こうとする「仏教」、自分自身を生み出しはぐくむものへの感謝と忠誠を尊重する「神道」、そして、学びを実践に結びつけ具体的に社会貢献しようとする「儒教」の、いわば宗教の三者合一であると説くのです。

武士道は日本人の倫理と価値基準の骨子であるという話ですが、それはおよそ次の七つの「徳」で説明されています。義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠誠です。そして、義勇を「武士の基本精神」とし、仁礼誠を人間関係の倫理、名誉忠誠を自身の存在意義として説明しています。武士は嘘偽りなく真実を持って行動する。それゆえ、目上の者への尊重を貫くからこそ、時に命を懸けてでも正義を貫かざるをえない、ということが説明されています。

面白いのは、武士が活躍した400年程前の倫理の根本精神が、いまもなお、日本人の生活習慣の中にも浸透していて、それなりに強い説得力を持っている、というところでしょう。それは同時に、私たちの倫理的な価値基準や行動基準が、400年間刷新されていない、とも言えます。それは良いことなのか、それとも、もう古いことなのか。いろいろな考え方があるでしょう。

本書を読むことの大切な点は、私は次の点にあると思います。つまり、武士道の「本質」と今日の時代の「現状」を見つめながら、今を生きる私たちが、真に喜びを守り、間違いを是正し、あるいは認め合うことを通じて、一人一人が希望をもってそれぞれの可能性を生きてゆく道筋を探せること。そうして、自分たちの生きてゆく希望の在り方を考えてみることが、「歴史」をたずねる大切な意味ではないかと思います。

枡岡大輔(ますおか・だいすけ)
基盤教育機構専任講師。専門は哲学。明治学院大学大学院博士前期課程修士(国際学)、早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学(地球社会論/生命倫理学専攻)。東京工芸大学、帝京平成看護短期大学、大阪経済法科大学を経て2013年より本学勤務。日本ヘーゲル学会会員、日本ミシェル・アンリ学会会員。共著として『高校生のための哲学思想入門:キルケゴール』(筑摩書房)、『知識ゼロからの哲学入門:デカルト、キルケゴール』(幻冬舎)。茶道の茶碗を愛好し、猫好きでもある。お気に入りの本は、『海辺のカフカ』と『100万回生きた猫』。

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