2024年11月18日
伝統工芸と観光の融合による農村イノベーション:ベトナム工芸村における新たな発展モデルの構築
現在、ベトナム人口の6割は農村にあり、また農村貧困・所得格差が問題となっている。農村所得向上のためには非農業への従事が不可欠であるが、農村ではそうした非農業就業機会は都市部に比べて限定的である。しかしベトナムでは北部の農村を中心に工芸村(Lang Nghe)と呼ばれる伝統工芸品等、特定産品の生産、販売に村内世帯が特化する村が多数存在し、農村に非農業就業機会を提供してきた。他方、ベトナム北部では工芸村が比較的発展しているものの、南部などでは発展した工芸村があまりみられず、工芸村に属する人々が必ずしも所得向上につながっているわけではない。したがって本研究の一つのリサーチクエスチョンは工芸村における所得向上要因を明らかにすることである。ただ従来工芸村は伝統工芸品の生産と販売といういわゆる農村工業の一つの事例としてみられることが多かった。近年の工芸村は生産と販売にとどまることなく、工芸村を訪れた人々に伝統工芸品の生産を体験してもらうなど参加型の観光サービスを提供することも多くなっている。本研究のもう一つのリサーチクエスチョンは、「観光サービスを導入する工芸村の発展要因を明らかにし、農村工業化論をベースにした既存の農村発展モデルを越え、伝統工芸生産・販売と観光を融合した新しい農村発展モデルを工芸村の事例をもとに構築すること」である。以上のリサーチクエスチョンをもとにこれまで以下のような研究活動を行った。
(1)ベトナム北部ハノイ市近郊工芸村、中部ダナン市近郊工芸村、および南部カントー市近郊農村での現地 調査実施
研究代表者のNguyen Thuyと共同研究者の高橋塁(東海大学政治経済経済学部、経済研究所)は、8月にベトナム統計総局の協力を得て、北部のハノイ市近郊にある2つの伝統工芸村で調査を実施した。一つはVan Phuc工芸村で生糸製品を作る伝統工芸村であり、もう一つはBat Trang工芸村で、こちらは陶器を製造する伝統工芸村である。前者は105世帯のサンプル、後者は54世帯のサンプルを調査した。どちらの工芸村も体験型の観光サービス(糸車を用いた手繰り、陶器の制作など)を提供していることも共通しており本プロジェクトの研究対象に相応しい工芸村である。また中部ダナン市近郊のCam Ne 茣蓙製造村とTuy Loanライスペーパー村は、本プロジェクトの後継プロジェクトに調査対象として想定している。これらの2つの工芸村を視察、現地の人々にヒアリングを実施した。
左:Van Phuc工芸村での調査(シルク協会副会長へのインタビュー)(Van Phuc 2024年8月7日)
中:Bat Trang工芸村での調査(職人へのインタビュー)(2024年8月9日)
右:カントー市近郊の参加型農村観光村視察、Vam Xang社長にヒアリング(2024年8月15日)
さらに南部メコンデルタのカントー市ではカントー大学の研究者と議論し、カントー大学の研究者とともに現地世帯参加型の観光サービス(いわゆるコミュニティベースツーリズム)を提供する農村の視察を行った。
(2)ベトナム統計総局およびベトナム国家農業大学での農村調査、政府統計に関するディスカッション
観光を取り入れた工芸村の事例から新しい農村発展モデルを構築するには、既存政府統計ではどのように農村や工芸村が把捉されているのか理解する必要がある。また研究代表者のNguyen Thuyも共同研究者の高橋塁も観光が専門ではないため、農村観光に詳しい専門家の意見を仰ぐ必要があった。そのため前者についてはベトナム統計総局の幹部と、そして後者についてはベトナム国家農業大学の研究者と議論を行い、互いに本研究に係る事項について理解を深めた。またベトナム国家農業大学の研究者とNguyen Thuyは本研究にも関係する成果を既に海外査読誌に発表しており、本研究ではそうした研究の連携をさらに強める機会ともなった。
左:ベトナム国家農業大学経済学部、観光学部および国際関係学部の代表研究者との議論の様子
(2024年8月27日)
右:ベトナム統計総局幹部との議論の様子(2024年8月29日)
(3)統計関連学会連合大会での研究報告
東京理科大学で開催された2024年度統計関連学会連合大会にて共同研究者の高橋塁と本プロジェクトに関係する研究報告を行った。報告タイトルは「ベトナム農村部における生計多様化と労働移動」というものである。この研究報告では、ベトナム統計総局が有する世帯データを利用して、農村部において非農業所得が向上すると農村から都市への移動が制約されることを、因果推論の手法(操作変数法)を用いて明らかにした。この研究結果は都市への移動に依存する発展モデルではなく、農村域内での自律的発展モデルを、工芸村をベースに構築するという本研究の方針をサポートするものとなった。
以上の活動を踏まえ、現在は調査票で得られたデータのコンピューターへの入力と分析の段階に入っている。分析結果は学会や査読誌にて発表機会を得て、広く公表する予定である。