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特集

本学人間社会学部の伊藤宏一教授が提唱する「エシカル経済」。その原動力となる「サーキュラーエコノミー(循環経済)」は実社会においていつ機能するのか。気候変動問題や地政学的情勢の中で"待ったなし"の様相を呈する地球的危機を前に、欧州と日本で進むサーキュラーエコノミー「社会実装」への動きをまとめた。

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【第4回】サーキュラーエコノミーの社会実装
循環型社会をめぐる世界と日本の事情

深刻化する気候変動問題、待たれる循環経済の実現

2022年11月6日よりエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催予定のCOP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)に向けて、各界の動きが活発化している。

EU(欧州連合)は9月下旬、温室効果ガス排出量削減目標の引き上げ計画があることを発表。現状では2015年のCOP21で採択されたパリ協定に基づき、2030年までに1990年比で55%削減を目標としているが、COP開催前にこれをさらに高める姿勢を見せることで、排出量の多い国々に圧力をかける狙いもあるとみられる。

オランダ・ロッテルダムでは9月5日にアフリカ気候変動適応サミットが開催。国際気候変動適応センター(GCA)、アフリカ連合(AU)、アフリカ開発銀行(AfDB)、IMF(国際通貨基金)などが共催し、他国に比べて温室効果ガス排出量が少ないアフリカの立場から、干ばつなど気候変動の影響に適応するための資金拠出を国際社会に求めている。

昨年のCOP26で日本を含む国際社会は、世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べて1.5℃に抑える目標を明確にした。しかし、その時間的猶予はほとんどなく、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)では今年4月、遅くとも2025年をピークとして温室効果ガス排出量が減少に転じなければ「1.5℃目標」の実現は難しいと、第3作業部会による評価報告書の公表に際して危機感を露わにした。

「ただし、この報告書では、まだロシアによるウクライナ侵攻の影響は考慮されていませんでした。現実には、長引く紛争戦争によって食糧や原材料の調達、エネルギー供給などをめぐって世界レベルの混乱が生じていることは周知の通りです。そうした対応に追われて、気候変動対策を停滞させないこと、気候変動をめぐる排出国である先進国と影響を受ける途上国との対立を解決することが課題になっています。」と、千葉商科大学人間社会学部の伊藤宏一教授は指摘する。

「報告書が発表された際、国連のグレーテス事務総長は、現時点での気候変動に関する各国の誓約が守られたとしても、2030年における世界の温室効果ガス排出量は45%削減の目標を果たすどころか、逆に14%も増加してしまうとして、『再生可能エネルギーへの移行速度を3倍にする必要がある』と述べていますが、まったく同感ですね。特に欧州ではその危機意識が強いため、化石燃料から再エネへの転換だけでなく、経済の仕組みそのものを変えていこうとする動きが加速しています」

それが、2015年にEU欧州委員会が提唱したサーキュラーエコノミー(循環経済)、すなわち廃棄物を出すことなく資源を循環させながら環境負荷軽減と経済成長を両立させるための経済政策である。それはとりもなおさず、伊藤教授が提唱する「エシカル経済」——倫理的な視点から経済の原理に自然の摂理を取り込もうとする新しい経済の考え方——を実践するための手段ともなっている。

欧州で加速するサーキュラーエコノミーの社会実装

伊藤教授によれば、コロナ禍による世界経済の失速と分断化、ウクライナ戦争による資源危機などの煽りを受け、欧州ではサーキュラーエコノミー(以下、CE)の「社会実装」を急ぐ傾向がさらに強まった観があるという。これまでの経緯を追ってみた。

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2015年、欧州委員会が「CEパッケージ(Circular Economy Package)」を発表。サーキュラーエコノミーの実現に向けて、(1)行動計画 (2)廃棄物法令の改正案 (3)優先分野 (4)経済効果、についての具体的な政策を示した。これを受けて2018年には「EUプラスチック戦略」を策定。使い捨てプラスチック問題などの対策を手はじめに、社会実装への端緒が開かれる。

2020年、「欧州グリーン・ディール」および「欧州新産業戦略」の一部をなす行動計画として、「新循環経済⾏動計画(New Circular Economy Action Plan)」を発表。2015年の行動計画を踏まえ、今回は「設計と⽣産」に焦点を当て、可能な限り資源をEU圏内に引き留めることを目標に据えたという。伊藤教授はこう話す。

「ここで欧州委員会は、CEの行動を一部の先導者(フロントランナー)だけでなく、実体経済を動かすプレイヤーにまで拡大させなければならないと指摘しています。つまり、CEの社会実装ですね。それが、2050年までに気候変動問題に区切りをつけ、経済成長と資源利用を切り離すために決定的に重要だというわけです」

ここでいうプレイヤーとは、企業だけを意味していない。消費者や市民、市民団体まで含まれるという。

「これが極めて重要で、都市や地域やそこで暮らす人々にとってCEが機能するためには、単に企業活動に終始してはいけないのです。なぜなら、CEのその先には『GDPを超えた幸福』、すなわちwell-being(身体的・精神的・社会的に満たされた状態)があるから。これが、誰ひとり取り残さないことを前提とするSDGsの理念にも適った、欧州が考えるCEのあり方です」

その理念を体現するため、EUは行動計画で「循環型モデルへの移⾏の可能性が⾼い資源集約型産業」として次の7分野を挙げ、消費者を巻き込んだ行動を促している。
(1)電⼦・情報通信機器 (2)バッテリーおよび⾞両 (3)包装 (4)プラスチック (5)繊維 (6)建設・建物 (7)⾷品

「ドーナツ経済学」をベースに都市をリデザインする

「また、CEの社会実装を進めるうえでは、英国の経済学者ケイト・ラワースが提唱する『ドーナツ経済学』の影響も大きいですね。人類がめざすべき経済・社会システムのあり方をドーナツに例えたものですが、図を見るとわかるように、緑色の輪の外側には環境課題が並び、深刻なものほど赤色の部分が大きくなる。気候変動はその最たるものです。一方、輪の内側には社会における「不足」の要素が並びます。赤い部分が中央に伸びるほど、不足の程度が大きい。ウクライナ戦争で関心も高まる平和と正義などは大問題です」

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出典:What on Earth is the Doughnut? (https://www.kateraworth.com/doughnut/)、ドーナツ経済学(幸せ経済社会研究所)(https://www.ishes.org/keywords/2019/kwd_id002698.html)

要は、この緑の輪っかの部分、ドーナツでいえば食べられる部分が、人間と地球環境のニーズが合致する部分であり、人々がこの範囲で暮らしていけるよう社会・経済を組み立てるべきだというのが、ケイト・ラワースの考え方だ。伊藤教授はこれを踏まえ、「CEの問題意識はそもそもドーナツの外側の環境課題にあるわけですが、社会実装を考えるならもはやそれでは不十分で、市民の暮らしと密接する内側の社会課題をも解決する必要性が高まっています。その意味でも、CEとSDGsは切り離せない関係にある」と言う。

欧州ではすでに、このドーナツ経済学を導入してCEを実践する自治体もある。オランダの首都アムステルダムである。「アムステルダム循環戦略(Amsterdam Circular Strategy 2020-2025)」に基づき、「Amsterdam City Doughnut」と題するモデルを策定。2030年までに新しい原材料の使⽤を半減させ、2050年までに「完全な円形都市」(100%循環型都市)の実現をめざす。具体的には、以下3つのバリューチェーンにおける取り組みが焦点となる。

  1. ⾷品および有機性廃棄物の流れ:持続可能な食品とフードシステムを提供し、有機性廃棄物の処理を高度化する
  2. 消費財:消費を減らし、廃棄された製品を最⼤限に活⽤する
  3. 構築環境:循環の基準を市が策定し、中央政府やEU、市民、民間団体、学術機関などとも協働する

ちなみに、伊藤教授によれば、オランダにはアムステルダム市が循環戦略を発する10年以上も前からCEを実践してきた建築家がいるという。「建物を壊すときに排出する大量のゴミに対して、建築家は責任を負うべきだ」として、中古素材だけを使ったサステナブルな建造物「People's Pavilion」を建設したピーター・ヴァン・アッシェ氏。日本の古民家再生にも通じる取り組みである。

「地域循環経済」の視点も欠かせない日本の事情

では、日本における循環経済の社会実装はどうなっているのか。伊藤教授は、今年4月1日より施行された「プラスチック資源循環促進法(プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律)」がその第一歩にあたるとする。これに至るまで、2020年5月に経済産業省が「循環経済ビジョン2020」を策定、同年7月には経産省・環境省が共同で「サーキュラー・エコノミーおよびプラスチック資源循環のリスクと機会について」を発表し、2021年3月になると、経産省・環境省・経団連によって「循環経済パートナーシップ(J4CE)」が発足した。J4CEは官民連携の強化により、循環経済への幅広い理解と取り組みを促すことを目的とする団体だ。

「こうしてみると、日本の動きもCE推進の世界的潮流と歩調を合わせているように思えます。ただ、その行動範囲はまだ政府と企業の連携を主としたもので、地方自治体や市民への波及はこれからの課題という意味で、ようやく社会実装のスタートラインに立った段階といえるでしょう」

また、環境省と経産省がそれぞれ推し進める政策にも微妙な考え方の違いが見られるという。環境省が進める「地域循環共⽣圏」構想は政府の第5次環境基本計画に盛り込まれた国の方針だが、「地域資源を持続的・循環型に最⼤限に活⽤する」ことに主眼が置かれ、その中には「リデュース・リユース・リサイクル」のいわゆる3Rが組み込まれている。この点について伊藤教授はこう指摘する。

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「地域の資源を地域で生かし、地域経済を回していこうという行動は重要です。しかし、それはあくまで3Rを前提としたもので、初めから廃棄とゴミを出さない設計を求めるCEの考え方とは少しズレがあり、厳密にいえばリサイクルエコノミーの発想に近いように思えます」

他方、経産省の「循環経済ビジョン2020」はその冒頭で、1999年に経産省が出した循環経済ビジョンは3Rに基づき廃棄物の削減とリサイクルを促すものだったと認めたうえで、「線型経済システムから循環経済システムへの転換は道半ば」と評価を下している。

「経産省の結論は、環境活動としての3Rから経済活動としての循環経済への転換を進めることであり、ここに来て初めて、日本の『循環経済』が欧米でいわれる『サーキュラーエコノミー』の概念に合致したと考えられます。ただし、私は『地域循環共⽣圏』が亜流だと言っているのではありません。世界で最も少子高齢化が進む日本において、労働人口減少による税収不足など、地域経済の持続可能性に関わる課題は極めて深刻です。その中で、“地域でお金を回す”発想もまた必要不可欠なものだと考えています」

地方自治体で胎動する日本版サーキュラーエコノミー

いずれにしても、政府の旗振りや企業活動としてだけでなく、市民社会の実質的な参加をどう促すかが、これからの日本の課題だろうと伊藤教授は見る。そうした中で、地方自治体にもいくつかのユニークな取り組みが見えはじめているという。

1つは、横浜市が進める「Circular Yokohama」構想。Webサイトでは次のように説明されている。

——サーキュラーエコノミー(循環経済)への移行を通じて大都市・横浜が抱える環境・社会・経済課題を解決し、市民のウェルビーイングを実現するための産官学民連携によるアクション・プラットフォーム。従来からあるリニア(直線)型の経済モデルの中で見過ごされてきたモノやサービス、個人のスキルなどの資源に光をあてて価値を見出すことで、地域内における資源の循環をつくりだし、横浜が抱える様々な地域課題の解決、新たな雇用の創出、誰もがいきいきと暮らせる地域づくりを目指します。——

「横浜市の取り組みには地域循環共⽣圏に近い考え方も感じられますが、同時に進めている『サーキュラー・エコノミーplus』と題するビジョンでは、資源や製品の循環だけでなく、『ひと』のエンパワーメントもプラスして持続可能なまちづくりをめざすという新しい発想が見られ、非常に興味深いと思います」

また、愛知県蒲郡市では2021年11月に「サーキュラーシティ蒲郡」ビジョンを発表。経済・社会・環境を活性化させるための重点分野として「教育、消費、健康、食、観光、交通、ものづくり」の7つを設定し、サーキュラーシティ推進室が中心となってCE都市をめざす構えを明らかにした。「こちらは欧米型に近いCEを標榜しているように見受けられ、これからの活動に大いに期待したい」と伊藤教授は言う。

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他にも、地域共有資本による再エネ事業でエネルギー自給自足をめざす長野県飯田市上村や、「『プラごみゼロ』とくしまスマート宣言」を発する徳島県の事例など、サステナビリティ向上に向けた地域の動きが活発化している。

気候変動対策の目標年である2030年までの時間は残りわずか。日本版CEの道筋はどう描かれるのか。
次回は伊藤教授も注目する地方自体の取り組み事例を中心に紹介する。

伊藤 宏一教授

伊藤宏一(いとう・こういち)
人間社会学部教授。日本FP学会理事。NPO法人日本FP協会専務理事。「金融経済教育推進会議」(金融庁・金融広報中央委員会等で構成)委員。(一社)全国ご当地エネルギー協会監事。専攻はパーソナルファイナンス、サステナブルファイナンス、金融教育、ライフデザイン論。著書等に「サステナブルファイナンス×資産形成 ESG・インパクト投資で人生100年時代を生き抜く」(『FPジャーナル12月号』2021)、「人生100年とライフプラン3.0」(『月刊 企業年金』2017)、『実学としてのパーソナルファイナンス』(編著中央経済社)、H・アーレント『カント政治哲学の講義』(共訳 法政大学出版局)、アルトフェスト『パーソナルファイナンス』(共訳 日本経済新聞社)など。

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