「日本経済の生産性引き上げと財政改革は不可分」

2015年7月27日

先日、日経新聞の紙面で、本当に久しぶりにハーバード大学のデール・ジョルゲンソン教授の論説を拝見しました(7月21日付け「経済教室」)。ジョルゲンソン教授の名前は経済学を専攻していない方々にはなじみがないと思いますが、経済成長論の理論、実証の面で偉大な業績をあげている大経済学者で、50年前後にすでにアメリカの教科書にも登場していました。

同教授と慶応大学などとの共同研究によりますと、1985年のプラザ合意(日本円やドイツ・マルクなど主要先進国の通貨に対して米ドルが高過ぎるとして、ドル高修正にG’7各国の首脳が協力することを1985年9月のニューヨークのプラザホテルでの会議で合意したこと)以降、急激な円高が続き、日本の生産性が低下し、輸出力も減退した。このことが日本経済の成長力を引き下げ、「失われた20年」をもたらしたと分析しています。しかし、最近の黒田・日銀総裁の大胆な超金融緩和(量的緩和)政策によって円高修正が急速に進み、国際競争力も回復した、と結論づけています。

こうした分析のうえでジョルゲンソン教授は、日本経済の生産性を上げるには、農協改革による農業の生産性の向上が不可欠だとして安倍政権が一歩を踏み出したと評価しています。さらに保護政策などにより国際競争から遮断されていた非製造6業種(不動産、電力・ガス、建設、金融・保険、卸売り・小売り、その他サービス)の生産性を参入障壁の緩和、規制の撤廃、外資による日本への直接投資の増加などによって引き上げることが可能だとしています。TPP加入はきわめて有効な政策だとも強調しています。

こうして日本経済の生産性が上昇し成長率が高まれば危機的状況にある財政赤字の抑制、財政再建に大きな展望が開けます。

安倍政権は、2020年度に政府(国と地方政府)のプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の赤字脱出を目指しています。基礎的財政収支というのは、税収のみで社会保障費などの政策経費をまかなうとした場合の収支バランスで、これが若干の黒字なら国債などの長期債務の1年間のGDP(国内総生産)に対する比率が上昇することを抑制できます。現在この比率はGDPの2倍を超え、先進国では最悪です。1年間のGDPは国内の経済活動で1年間に産み出される所得の合計ですから、長期債務のGDP比が2倍を超えてさらに膨らんでいくようなことがあれば、国債など長期債務の返済が不可能なのではないかという疑念が生じかねません。そうなればギリシャ政府が直面しているような事態、つまり国家が破綻する瀬戸際にまで追い詰められることも絶対にないとは言い切れなくなります。

そこで2020年度の基礎的財政収支が黒字になる保障はあるのでしょうか。赤字の解消には、いうまでもなく歳入の増加か歳出の削減、この合わせ技しかありません。国家の予算の3分の一にものぼる最大の支出項目の社会保障費の抑制など歳出の抑制は避けられませんが、一方で収入増は、消費税率の引き上げ(2017年度)のほかは、成長率の上昇による所得税の増収に期待せざるをえません。内閣府が7月に試算したところでは、今後、名目GDP成長率が3%で推移するという「経済再生ケース」(安倍政権の成長戦略が最大限成果を上げるケース)でも、2020年度の基礎的財政収支は6.2兆円の赤字が発生することになっています。安倍首相は、この赤字は成長戦略の強化による税収の増加で解消できるとみているようです。

成長率と税収の関係を1970年から2014年までの長期で計算してみますと、この間の年率平均の経済成長率(名目GDP成長率)は4.4%、同税収増加率は4.6%で、税収弾性値(税収増加率/経済成長率)は1.05です。昨年度の税収が予算を2兆円以上も上回ったことから、政府は今後の弾性値は1をかなり上回るのではないかと強気に見ているようです。一方、成長率は1990年から2014年の平均で0.5%に過ぎません。成長率や税収弾性値を高めにみることで赤字解消をねらうというのはやや甘すぎる気もします。とにかく肝心なのは、思い切った構造改革による成長力強化ということになります。

次回は、前回の「原子力発電をどう位置づけたらよいか」の続きをお話しします。

(2015年7月27日記)


内田茂男常務理事
【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか