時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

先月、トランプ政権のスパイサー報道官が、定例の記者会見を政権側が指名した報道機関のみが参加できる記者懇談会に切り替えるという“事件”が起こりました。ニューヨーク・タイムズやCNNテレビなどとともに日本のマスメディアも閉め出されたのです。長年、新聞記者として取材の現場にいた筆者にとって大変ショッキングな事件でした。アメリカの政治史上、正面からマスメディアを敵視する大統領は初めてではないかと思います。

ベトナム戦争の取材でピューリッツァー賞を受賞したハルバースタムという世界的に有名なジャーナリストがいました。彼の代表的な著作に「メディアの権力」があります。それによりますと、歴代のアメリカの大統領とマスメディアの関係は「利用され利用する」というものでした。第二次世界大戦を主導したルーズベルト大統領は、「炉辺談話」というラジオ番組で直接、お茶の間に語りかけるという手法で人気を得ました。テレビ出演で国民的人気を獲得したのはケネディ大統領です。またロサンゼルス・タイムズ紙は、上院議員選挙でニクソンを応援し、大統領への道を切り開いたということです。

トランプ大統領は、マスメディアを自分の都合のよい偏向ニュースを流す手段として利用し、自身はツイッターを駆使して一方的に自分の主張を国民に押しつけるという手法をとっています。加えて政権に批判的な報道を「フェイク(偽)ニュース」だと断定しています。こんなことが続けばアメリカはもちろん、世界の民主主義は危ういといわざるをえないのではないでしょうか。

民主主義憲法の教科書といわれるアメリカの合衆国憲法修正第1条(1791年施行)は、宗教や集会の自由とともに言論・出版の自由をうたっています。トランプ政権の対応は、この大原則に明らかに反しています。

言論・出版の自由はなぜ大事なのでしょうか。

その前に人々はなぜ情報をほしがるのでしょうか。筆者が学部で担当していた「情報メディア産業論」では、今後起こりうる生命や生活のリスクをできるだけ減らしたい、という本源的欲求があるからだ、と教えていました。最初のマスメディアというべき新聞は、17世紀から18世紀にかけてイギリスではやったコーヒーハウスから生まれました。店主がさまざまなお客さんからもたらされた情報を収集し出版したのです。人々はそれを読んでそこから真実を探し出そうと口角泡を飛ばして議論したはずです。すべての情報が「事実」だとしても、情報としての「事実」は、伝える側の視角によっていくつも存在します。

目の不自由なひとが象にふれるとしましょう。鼻に触れた人は「象は長い鼻を持っている」と表現するでしょう。耳を触った人は「象は大きな耳をもった動物だ」というでしょう。いずれも事実ですが、全体像はわかりません。だから「事実」を集めることによってようやく「真実」に近づけるのです。気に入った記者、報道機関だけを選別すれば、偏った視角での情報しか報道されません。情報が自由ではなくなるのです。

「ジャーナリズムはどうあるべきか」をテーマにアメリカのジャーナリストのグループがまとめた「ジャーナリズムの原則」は、「自由な情報以外の情報の提供は、民主的文化を破壊する」とし、「この事態はナチスドイツやソ連でみられたように政府がニュースを統制した際に起こる」と述べています。

幸い人々も気がついてきたようです。偽情報や偏向情報の氾濫で「事実」も「真実」もつかめなくなった人々の間で、正確な情報を求めて事実を追求するマスメディアの重要性に目を向ける動きがあるというのです。マスメディアの復権を期待したいと思います。
(2017年3月16日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか