時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

前回、国立社会保障・人口問題研究所が4月に公表した「日本の将来推計人口」をもとに日本の人口減少の将来像を紹介しました。ただ「これから人口減少は加速度的に進む」というこの問題のもっとも本質的な部分についての説明がやや不足していたように思います。その後、この点について日経新聞のコラムに書きましたので、それをもとに次のように整理してみました。

  1. (1)「中位推計」でみると日本の総人口は、国勢調査が実施された2015年の1億2,709万人から40年も経たない2053年に1億人を割る。50年後の2065年には9,000万人を下回る。
  2. (2)この人口減少の大部分は経済活動の中核を担う生産年齢人口層(15~64歳)で生じる。生産年齢人口は1995年の8,726万人をピークに減少に転じ、2015年に7,728万人となった。20年間で1,000万人減ったのである。今後は、減少に一段と拍車がかかる。これからの20年間で1,234万人減り、その後の20年でさらに1,467万人減少する。減少のスピードが大幅に加速するのだ。
  3. (3)これは出生率(合計特殊出生率=女性が生涯に産む子供の数)が置換水準と言われる2.07を1975年前後から大きく下回る状態が続いているためで、出生率(2015年で1.45)が突如として2.07に戻り、その後も2.07を維持することができたとしても、人口は数十年にわたって減り続け、やがて出発点の人口を大きく下回る水準で安定する。元には戻らない。

人口減少は高齢化を伴いながら進展します。例えば75歳以上の高齢者は2015年で1,632万人(全人口の12.8%)でした。それが2023年には2,000万人を超え、2050年には2,417万人(同23.7%)となる見通しです。その後はほぼ2,400万人台で安定するとみられていますが、人口比は25%を超えてきます。4人に1人が75歳以上という超高齢社会になるのです。

高齢者が増えれば、年金、医療、介護にかかわる国民の負担(社会保障負担)が当然増えざるをえません。厚生労働省の資料によりますと、これらのコストは2016年度で約118兆円、GDP(国内総生産)の20%にも達しています。これを保険料(労働者と事業者の負担:社会保障費全体の約60%)と税金(国、地方:同40%)でまかなっているわけです。一方、118兆円の半分(56兆円)が年金、1/3(38兆円)が医療費、1/5(24兆円)が福祉関係費(介護、子供・子育てなど)となっています。

これを国家予算の観点からみてみましょう。2017年度(平成29年度)の政府予算は総額(「一般会計歳出」)で97兆4,000億円ですが、このうち社会保障費(年金、医療、介護、子供・子育て)は3分の1を占める最大支出項目となっています。97兆円のうち国債費や地方交付税などを除いた国が政策的に使える、いわゆる「一般歳出」に対する社会保障費の構成比を計算しますと、なんと55%にも達するのです。日本政府が使用できる資金の半分以上が社会保障に回っているというわけです。ちなみに1990年度(平成2年度)の社会保障費は一般会計歳出の16.6%、一般歳出の29%を占めるに過ぎませんでした。この間の高齢化の進展が社会保障費を急激に膨らませているのです。

人口減少、とりわけ生産年齢人口の減少は税収の減少に直結し、他方、高齢者の増加は社会保障費の増大につながります。これでは国の台所が苦しくなるのも当然です。すでに日本の政府の長期債務は国と地方自治体合わせてほぼ1,000兆円(2017年度末見通し)と名目GDPの2倍に達しています。いうまでもなく先進国最悪なのです。

こうした厳しい財政制約のもとで出生率引き上げに向けた施策を怠れば人口減少に一段の加速度がつきかねません。

これまでの実証研究によりますと、(1)保育施設を整備し女性が働きながら子育てできる環境を作る (2)労働時間を短縮し男性も子育てに参加できるようにする (3)子供の教育費負担を軽減する———これらの施策が出生率引き上げに効果があるとされています。いずれも安倍政権の「1億総活躍社会」の実現のための重点政策に明示されているのですが、財政措置が不十分で中途半端に終始しているといわざるを得ません。社会保障費の大部分は高齢者世代の厚生・福祉に使われ、日本の将来を支えるための子育て支援には回っていない、というのが現状です。

2012年の自公民の3党合意によって、(1)消費税率引き上げ(5%—>8%)による増収分(国の増収分)の全額社会保障目的税化 (2)子供・子育て関連3法の施行——が決まりました。これによって社会保障に使用可能な消費税増収分は2017年度予算では8.2兆円と見込まれていますが、子ども・子育て分はわずかに2,985億円(地方分が3,541億円)に過ぎません。政府の出生率対策は腰がすわっているとはとても思えません。
(2017年6月23日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか