時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

前回は、進展するデジタル経済化のもとでは必然的に富はわずかな企業とわずかな金持ちに集中し、かれらが負担すべき税金が適正な額で課税されていない、という現状を説明しました。このままでは政府は国民の生活に不可欠な公共財の供給に必要な資金を獲得できないという事態に陥りかねません。なにか手立てがあるでしょうか。この難題に挑戦してみましょう。まず戦後税制を振り返ってみましょう。

戦後税制の土台となったのは、日本占領軍の最高司令官、マッカーサー元帥の命を受けて日本に派遣されたシャウプ税制使節団の報告書(1949年)でした。この報告書をまとめたシャウプ博士は「日本経済の基盤を固めるには所得税が最大の税収減源であるべきであり、そのためには税制の大規模な再構築が必要だった」と述懐しています(カール・S・シャウプ「シャウプの証言」税務経理協会、1988年)。人口増を背景に労働力が増加し、製造業中心に日本経済が戦後復興から成長軌道に乗れば、所得税中心の税制は税収を増やす最善の策だったわけです。

この所得税中心主義の考え方は1989年からの消費税導入で大きな転機を迎えました。少子高齢化が進展し、労働力の減少が迫っていたという時代状況が背景にあります。所得税は働く人が負担するわけですから、労働力が減ってくれば政府の所得税収入も減ります。これに対し、働く現役世代も引退した高齢者世代も消費すれば負担せざるを得ない消費税(欧州諸国では付加価値税、アメリカの州では売上税)は少子高齢化社会を支えるには最も合理的な税制だと考えられたのです。竹下登内閣で導入が決まるまで10年以上も議論が続いた税制の大きな構造改革だったのです。

消費税はこの10月に10%課税(現在は8%課税)に改正されますが、導入後30年を経て、現在では税収の柱に育っています。今年度の政府予算では、消費税収入として19.4兆円が計上されています。これに対しかつての税収の柱であった所得税収入は19.9兆円で、消費税収入とほぼ同額が見込まれているのです。この両者で全税収(62.5兆円)のほぼ63%を占めています。一方、かつて所得税とともに政府税収を支えていた法人税は12.9兆円(全税の21%)に過ぎません。導入当時想定されたように消費税は少子高齢社会を支える土台の役割を果たしているのです。10月の消費税増税でますます鮮明になるでしょう。

問題は今後です。さらに消費税への依存度合を高めていけるのでしょうか。エコノミストの過半は、欧州諸国の付加価値税率は20%前後に達しているのだから、日本にはまだ上げ余地があると考えているようです。そうでしょうか。安倍晋三首相は今回の参院選に際し「10年は上げる必要はない」と発言したようですが、効率化に向けた社会保障制度改革など歳出抑制策がとられてなお増税が必要となれば、財源は消費税ではなく所得税、法人税改革、資産課税の強化に求めるべきだと思っています。

最大の理由は、食料品など必需品への課税軽減措置をとっても消費税が本来持っている逆進性が除去できないからです。ある研究書によると、欧米諸国では、最低所得世帯の支払う付加価値税(アメリカでは売上税)の所得に占める比率は富裕層の何倍にも達している、ということです。日本ではどうなのか。調べてみるつもりですが、程度こそ違え、同様な傾向があることは間違いないでしょう。

技術革新によって世界的に所得格差がますます拡大してゆくことを考えれば、消費税増税には大きな限界があります。負担すべきは富裕層(これには企業も含みます)なのです。紙数が付きましたので、ここでは結論のみにとどめ、回を改めて富裕層の課税強化の可能性について論じてみたいと思います。
(2019年8月2日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか