時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

今年の景気はどうなるのでしょうか。2021年12月下旬、例年通り政府が「経済見通し」を公表しました。予算編成などさまざまな政策の前提になる経済予測です。それによりますと、2022年度の実質成長率(実質GDP=実質国内総生産の前年度比増加率)は3.2%とリーマン・ショック後の2010年度(3.3%)以来の高い伸びとなるということです。

新型コロナ・ショック直後の2020年度はマイナス4.5%と大幅に落ち込みましたが、2021年度は2.6%(予測)と緩やかに回復し、2022年度はその回復ペースを維持するとみているわけです。日本経済新聞によりますと、主要な民間調査機関の2022年度成長率の予測平均は3.0%ということで政府見通しと大差ないようです。これをどうみたらよいのでしょうか。3%前後の成長というといかにも順調なように見えますが、実際はそうでもないのです。

筆者は50数年前に短期経済予測の揺籃期に日本経済総合研究センターで経済予測に携わったことがあるのですが、そのときの経験からすると、現在のように経済変動が激しいときには、「成長率のゲタ」に注意しなければならないのです。ちょっとマニアックになるかもしれませんが、大事なことなので具体的に説明しましょう。

GDPは内閣府の経済社会研究所が四半期ごとに集計して公表します。1年間のGDPは四半期GDPを合計したものです。ここで「ゲタ」というのは、年度の最終四半期つまり第4四半期のGDPと、その年度のGDPの四半期平均との比率です。翌年度の経済は前年度の最終四半期を発射台としてスタートするわけですから、その年度の1年間はまったく成長しなくてもゲタがあればその分だけ成長したとして計算されるのです。

四半期データのある日本経済研究センターの最新予測で計算しますと、2021年度は1.8%のゲタを履いていることがわかります。つまり2021年度の実質成長率は政府見通しでは2.6%、日経センター予測では2.7%ですが、1.8%のゲタをはいていますから、年間の成長スピードはゲタを差し引いた1%弱ということになります。また2022年度は1.5%程度のゲタがあると計算できますので、2022年度1年間の成長スピードはゲタ分を差し引いて1.5%程度ということになります。景気回復の姿は見かけと違い、かなり弱々しいのです。

この2年近くのコロナ禍での経験から「日本人はロックダウンがなくても慎重な行動をする」ということが分かってきました。感染者数も欧米に比べはるかに低く抑えられていますし、重症者数も死者数も桁違いに少ないのです。にもかかわらず、経済的打撃の程度は欧米を上回っているようにみえます。回復力も同様です。

ニューヨークタイムズ・デジタル版(1月4日付)に「大離職時代(The Great Resignation)」についての記事が掲載されています。それによりますと、アメリカでは自発的離職者が昨年11月の1カ月で450万人(就業者の3%)とこの20年間で最大だったということです。重要なのは、この自発的離職者の賃金が離職を選ばなかった人々よりも大きく上昇している、というのです。同じく1月4日付で日本経済新聞は「コロナが促す大転職時代」と題して、アメリカの転職状況を紹介し、人材移動が経済革新の源泉となっている、と解説しています。経済の変動期に労働力が衰退部門から成長分野へ移動することによって経済全体の生産性が高まることは経済学の教えるところです。

日本は新型コロナウイルスを抑え込むことでは優等生であっても、経済の活力という点ではアメリカに大きく劣後しているといわざるをえません。回復力が弱いのもこのためでしょう。リスク回避の傾向が強い日本人の国民性は簡単には変わらないかもしれませんが、官民が労働市場をはじめ経済組織全体の柔軟性を高める努力が必要です。そうでなければコロナ後の世界経済の中で日本経済はますます地盤沈下するのではないか、と心配です。
(2022年1月7日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか