教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

国際

共同体の発足

人類の進歩の一つとしての偉業は、共同の輪を広げることだと考えていいでしょう。民族や国を越えての共同は無理だと考えている人もいるでしょうが、長い歴史のスパンで考えてみましょう。大昔には、日本列島に住んでいる人は、部落や村落単位で争っていました。徳川時代までは、現在の都道府県より狭い地域間での争いが日常的に行われていましました。江戸時代も、藩ごとに関所を設けていましたし、幕末でも藩同士で殺し合いをしていました。つまり幕末以前は、地方単位で日本人同士での殺し合いは当たり前で、日本として協同で何かができるなどという考えは無く、殺し合いがなくなると考える方が普通ではありませんでした。明治維新後の西南戦争でやっと日本人同士の戦いは終わりましました。今は、日本人同士の集団での殺し合いは、暴力団くらいしかありえませんが、150年以前は、日本人同士でも「他者と共に生きる」という考えは無かったのです。

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)問題はいまだにくすぶってはいますが、世界経済は確実にブロック化の方向に進んでいます。2015年末には、モノとお金の流通を加速させるために東南アジア10カ国を一つの市場にしたアセアン経済共同体が発足しました。このようにブロック化が進む背景には、EU・ヨーロッパ連合が、一定の成功を達成しているという評価されているからでしょう。ただ、多くの共同体は、経済面での協力を主たる目的としていますが、ヨーロッパ連合は、経済の協力にとどまらず、ヨーロッパ地域で戦争は二度と起こさないことが狙いです。その結果、その地域内では、千年以上に渡り、繰り返され、何千万人の若者が殺されていた戦争が無くなりました。

移民と難民の受け入れ

移民や難民の受け入れについては、四方を海で囲まれている日本は、外国からのアクセスが難しいため、これまで数が少なく、難民の問題は遠い話のように聞こえることがあります。しかし、フランスでは、『キャプテン翼』の影響でサッカー選手にあこがれた元フランス代表のジダン選手のように、外国からの移民が活躍しています。移民の数ですが、フランスの人口の20%が、外国生まれの移民とその子供と言われています。同じようにドイツも人口の20%が、移民の背景を持つ人達です。ヨーロッパとは違いますが、アメリカ合衆国は、大半の人が移民の背景を持つ人です。アップルの創始者のスティーブ・ジョブズもシリア移民の2世でした。

ボランティア活動(ハンガリー)

また、ヨーロッパでは、陸続きですので、大きな戦争が起きるたびに戦場に住んでいる人達は、難民となって近隣諸国へ逃げ回っていました。特に、第2次世界大戦後、冷戦の勃発により、鉄のカーテンが降ろされた結果、東ドイツ、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランドなどは、共産圏になったために、その国を逃げだした難民もいました。難民の受け入れについては、ドイツが熱心です。ドイツは、日本と同じように出生率が低く、人口減に向かっていますので、労働力としての難民を受け入れる土壌があるのと同時に、自分たちがいろいろな人々を迫害してきた過去と向かい合っているともいえます。このように、ヨーロッパは、移民や難民を、受け入れてきた歴史があります。

近年では、過激派組織『イスラム国』(IS)が巻き起こす戦闘が激しさを増しために、そこから逃げてヨーロッパを目指す人が増えてきました。この問題について、戦争地域から避難する人は仕方がないが、経済的な理由で難民となるのはおかしいと言う人もいます。その一例として、昨年、チェコの大統領は、子どもや高齢者、病気の難民には同情できるとする一方、不法な移民の大部分は、若く健康な独身男性であると決めつけて、なぜ彼らは武器をとり、自国の自由のためにISと戦わないのかと述べています。けれども、人間が、楽しく、そして安全で快適な暮らしを求めるのは、自然な気持ちから生まれて来るのではないでしょうか。日本でも、地方の過疎化と首都圏への人口の集中が進んでいますね。東京の地方出身の人の中には、地方に帰りたくない人もいるでしょう。その人達に、なぜ君たちは、自分の故郷のために過疎化を防がないかと言われても、その人達は困ってしまうでしょう。しかも、日本の地方で過疎化と戦うのと違って、ISとの戦いは命がけですから、嫌がる人も当然多くいるでしょう。

シェンゲン協定

ヨーロッパ連合は、2004年に25か国体制になったことで、より統合ヨーロッパの感を強くしたといえます。そこで、国境を超えてもパスポート・チェックなどの検問を無くすシェンゲン条約(英国などの一部の国は参加していません)を結びました。これで域内の移動が楽になりました。戦争は、外国の人や文化を理解しないことが原因で起きることが多いので、この条約は異文化間理解を促し、人間の往来を活発化させようとする理念のもとに実現しました。このために、難民の人達もいったん、シェンゲン条約の国に入ってしまうと、ヨーロッパを自由に移動できるのです。

テロ発生

パリ同時多発テロ

2015年11月13日にフランスのパリでイスラム過激派と見られるグループによる銃撃と爆発が同時に、しかも5カ所で発生し、死者が130名、負傷者が300名以上にのぼりました。首謀者はベルギー国籍のアブデルアミド・アバウド容疑者です。イスラム過激派が拠点としたのは隣国ベルギーです。そしてベルギーに限らず、フランスや英国生まれの移民の子孫の若者が、イスラム過激派の戦闘員になっていく現実があります。その背景には、移民の家庭出身の若者の疎外感や高い失業率があると言われています。移民は市民権を持っていても2流市民としてしか扱われず、仕事を見つけにくいために、自分の国には居場所も未来もないと思いこみ、その絶望感が、過激派の誘いに乗ってしまう結果になるのではないでしょうか。また、彼らの祖先の土地の宗教であるイスラム教で、聖戦と訳されるジハードは、イスラム教を普及させるための異教徒との戦いを意味することが多いのです。ですから、テロを起こす者たちは自分たちをジハーディストと呼びます。そして、ジハーディストは死んでも天国に行けると吹き込まれています。もちろん、多くのイスラム教徒は、テロ事件を起こすような連中はイスラム教徒ではないと糾弾しています。しかし、テロリストにしてみると、祖先の地に西欧諸国が空爆を行い、戦闘員でない無辜の人々までが殺され、イスラム教徒を虐殺しているように思ってしまうのでしょう。その仕返しに西洋諸国にテロを起こしてやろうと考え、悪の連鎖が続くのでしょう。

難民の流入—「共に生きる社会」の新たな苦悩

難民問題は、自分たちだけ幸福でいいのか、迫害されて、人間らしい生活をしたいと願う人の気持ちを無視していいのかという課題を、我々につきつけています。しかし、2015年にはヨーロッパに流入する難民は100万人を超えました。ドイツやオーストリアでもすべてを受け入れることはできません。国内にも反対意見は当然あります。2016年9月のウィーンの市議会選挙では難民受け入れ反対の自由党が票を伸ばしました。ドイツでも難民受け入れを表明した女性の市長候補が刺されました。難民に混じってテロリストがヨーロッパに紛れ込むという考えもあります。「他者と共に生きる」ために、交流の自由、貧しい人を助けるという理念が揺らいでいますことは確かでしょう。もちろんそれを堅持しようという人の方がまだ多数でもあります。この問題は今後も統合ヨーロッパが乗り越えるべき大きな課題でしょう。

昨年、アセアン経済共同体が発足しましたが、2016年以降、日本は、近隣のアジア諸国と、経済のみにとどまらず、どのような協力体制を築いて行くのでしょうか?それは、これからの時代を生きる学生の皆さんが、過去の歴史から学び、現在の世界情勢を見つめながら、今後の在り方を予測して、考えて行くべき課題になるでしょう。

解説者紹介

酒井 志延