時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

2月下旬にG20(主要20カ国・地域の財務省・中央銀行総裁会議)が上海で開催されました。年初来の世界的な金融市場の混乱を受けて開かれただけに、どんな対策が合意されるのか大いに注目されたのですが、共同声明の中身は、「現状ではこれがせいいっぱい」というものでした。

主要な合意事項は(1)世界経済の下ぶれ懸念が増大している (2)金融政策、財政政策、構造改革などすべての政策手段を使う (3)新興国からの資金流出への対策を作業部会で検証する (4)各国の成長力強化のための構造改革の進展具合を評価する仕組みを強化する—などです。

新聞等の報道では、「すべての政策手段を動員する」という点が強調されていました。肝心なのは、本当に打つ手があるのか、ということです。というのも、日本を含め主要先進国では、史上最大の量的緩和政策が実施されてきていて、EUやスイスなどに続いて日銀もマイナス金利を採用するまでにいたっています。この結果、金利はゼロ以下には下がらない、下げられない、という常識は崩壊し、マイナス金利が現実に出現して来ています。

これまで政策の柱だった金融政策は、もはや限界に突き当たっているといっていいでしょう。それでも住宅向け融資が増加しているほかは、資金需要は目立って増えていないといわれています。フィナンシャル・タイムズ(FT)は最近、文字通りお金をばらまく、いわゆる「ヘリコプター・マネー」を個人の預金口座に直接投入するといった手段も残されているのではないか、そうなれば少しは消費してくれるだろう、という論説を掲載しましたが、そこまで来たか、という感じです。

経済学の教科書には、景気対策として有効なのは、金融政策と財政政策(政府支出の積極的増加)だと書かれています。もはや金融政策にこれ以上頼れないとすれば、残されているのは財政政策ですが、先進国はGDP(国内総生産)の2倍を超える政府債務残高を抱える日本を初めほとんどの国が財政悪化に苦しんでいるのが現状です。そもそも財政政策に頼れないから金融政策に重点を置いてきたという経緯があります。

現在、積極的な財政政策を期待されているのは財政健全化政策を貫いてきたドイツですが、第一世界大戦後の超インフレに悩まされた経験を持つドイツのメルケル首相の態度はきわめて硬いと報道されています。そこで再び注目を集めているのが、2008年のリーマンショック後の大不況に対応して2010年までに鉄道建設などを主体に総額4兆元(当時の為替換算で約60兆円)の財政支出を実施した中国です。中国は今月初めの全人代(全国人民代表大会。日本の国会に相当)で、今年からの第13次5ヵ年計画を決めました。その中で交通網整備に年2兆元(約34兆円)を投じるなどインフラ整備に再び思い切った財政支出を行う方針を明らかにしています。経済減速に歯止めをかける狙いがあると思われますが、財政的にはまだ余裕がありますから、実現する可能性はあるとみてよいでしょう。

こうみると政策を総動員するといっても、実際は政策の選択肢はかなり狭くなっているように見えます。そうなると大事なのは、将来の成長力を強化するための経済構造改革になります。各国がこの問題に本気で取り組んでいる姿勢を示し続けることが、金融市場を混乱させることで利益を獲得しようとしている投機筋の勢いをそぐことにつながります。

今年はイギリスのEU残留か離脱かを決める国民投票(6月)、アメリカの大統領選挙(11月)という国際的な大イベントがあります。いずれも世界経済の行方を大きく左右するほどの影響力があります。注目していきましょう。
(2016年3月11日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか