時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

2011年3月の東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第1原子力発電所の激甚災害によって日本のエネルギー状況は一変してしまいました。日本の電力供給のほぼ3分の1をまかなっていた原子力発電の安全性に対する不信感が一気に高まったからです。震災前は54基の原発が稼働していたのですが、震災後、すべての原発が政府の原子力安全規制委員会による厳格な安全性審査を受けることになり、現在はただの1基も動いていない状況です。

それでは今後はどうするのか。震災前、2010年6月、国のエネルギー政策の大枠を決める「エネルギー基本計画」で政府は、原発を強化し、2030年に発電電力量の半分を原発に依存する方針を打ち出していました。(1)原発は発電コストが安く、経済成長力維持には不可欠(2)原発は発電段階では地球温暖化の主要原因である二酸化炭素(CO2)を排出しない(3)太陽光など再生エネルギーの開発・普及には限界がある—などが主な理由です。

当然のことですが、震災後、民主党政権のもとでこの計画は反故となり、野田佳彦政権が2012年12月に「2030年代に原発ゼロ」とする方針を掲げました。しかし、政権が変わり、安倍晋三政権は、新たなエネルギー政策を6月中にも決める方針です。その骨格は、筆者も以前、委員として参加していた通商産業大臣の諮問機関である総合資源エネルギー調査会でまとめられています。

その概要はすでに新聞などで報道されています。それによりますと、2030年度の電源構成(エネルギーミックス)を、原子力20-22%(2010年度29%)、再生エネルギー22-24%(同10%)、天然ガス(LNG)27%(同29%)、石炭26%(同25%)、石油3%(同7%)とすることになっています。原発の依存度を震災前よりは低下させることになっていますが、依然として全体の4分の1近くは原発に依存する内容です。また太陽光、風力など再生エネルギーへの依存度を震災前の2倍以上にしようとするものです。

原発には慎重であるべきだと考える専門家は、安全性の観点から原発の耐用年数を40年として厳格に運用すると、2030年に30基が廃炉(廃止)となり、これに現在建設中の大間(Jパワー)、島根3号機(中国電力)を加えても、原発依存度は15%程度にしかならないといいます。すでに福島原発(東京電力)の1-6号機を含め11基の廃炉が決まっています。いずれにしろ政府案を実現するには、「寿命40年」の原則を緩和し、現在審査中のかなりの原発を再稼働させるだけでなく、新増設も検討しなければならないかもしれません。

安倍政権が原発にこだわる理由は大きく二つあります。一つは発電コストの問題です。総合資源エネルギー調査会の最近の資料によりますと、kwh(電力1キロワットを1時間発電する)当たりでみて、発電コストはLNG13.4円、石炭12.9円、大規模太陽光発電12.7-15.6円、石油28.9-41.7円。これに対し原発は10.3円ともっともっとも安いと推計しています。震災で原発が止まった結果、電力料金が企業向けで30%、家庭向けで20%上昇しています。

第二は、地球温暖化防止という国際ルールとの関連です。年末に国連のもとで行われるCOP21(温暖化防止のための21回目の国際会議)がパリで開催されることになっていますが、ここで各国の温暖化ガス削減目標が決まります。安倍首相は2030年の温暖化ガス排出量を2005年比で25%強、2013年比で26%削減する案で臨もうとしています。

アメリカは2025年を目標に05年比で26-28%、13年比で18-21%、EUは30年目標で05年比35%、13年比で24%削減することにしています。13年比でみると日本の削減率はなんとか先進国並みということになりそうです。しかし、日本は震災後2013年まで、温暖化ガスを出さない原発が止まったため温暖化ガス排出量が大きく増加しました。したがってこの年を基準に削減率目標を設定するのはおかしいという批判もあります。

原発をめぐる国内外の状況を述べてきましたが、紙数が尽きました。あとは後日に回したいと思います。
(2015年6月22日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか