時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

酷暑の折でもあり、今回は小難しい経済の話題を離れ、現在の世界の動きをおおざっぱに俯瞰してみようと思います。気軽に読んでいただければ幸いです。

ニューヨーク・タイムズの国際版(7月17日付)に次のような内容の記事が掲載されていました。「アメリカがこじ開けたイラクでイランが急速に影響力を強めている」というのです。

2001年9月11日、イスラム過激組織、アルカイダがニューヨークの超高層ビル、ワールド・トレード・センターに大型ジェット旅客機を激突させ、世界を震撼させたことは記憶に新しいと思います。直後、ペンタゴン(国防総省)も攻撃されました。いわゆる同時多発テロです。時のブッシュ大統領はこれをきっかけに、アルカイダの指導者、オサマ・ビン・ラディンをかくまっているとしてアフガニスタンを攻撃しました。次いでフセイン独裁大統領が支配するイラクをテロリスト支援国と断定、一方的に戦争をしかけてフセイン政権を壊滅に追い込みました。2003年のことです。

アメリカによるフセイン打倒は、大部分のイラク国民にとっては朗報でした。というのもフセイン大統領はこの国では少数派であるスンニ派イスラム教徒で、大部分がシーア派のイラク国民はフセイン統治下で苦しめられてきたからです。

このことはシーア派の宗主国であるイランには大変好都合でした。ニューヨーク・タイムズの記事によりますと、アメリカのフセイン打倒は、アメリカの敵対国であるイラン(1979年のホメイニ革命以来、アメリカとイランは国交を断絶し、アメリカはイランに経済制裁を課してきた)にイラクを明け渡すことにつながった、といったニュアンスで書かれています。例えば次のような趣旨の記述があります。

—イラクのマーケットはイラン製品であふれ、TVではイラン寄りの番組が流れている。道路にはイランが支援している民兵や武器を含めたイラン製品を積載したトラックが頻繁に往来している。イラク政府の高官のほとんどはイランの影響力の拡大を歓迎している。

非道きわまりない行為を繰り返しているイスラム過激組織IS(自称イスラム国)はイラクのフセイン一派の残党が構築したものですが、そのISのイラクでの拠点都市モスルが7月にイラク政府軍の攻撃で陥落しました。これによってイランの勢力拡大に拍車がかかるのではないかと思われます。

実はイスラム教の90%はスンニ派なのです。サウジアラビア、トルコ、エジプトをはじめアラブ諸国のほとんどがスンニ派で占められています。一方、シーア派はイランを中心に、イラク、シリア、レバノン、アフガニスタンなどで多数派を占めているということです。

いうまでもなくイランはかつてのペルシャ大帝国で、後述するトルコと長期にわたって覇権を争ってきた歴史があります。現在の人口は7,000万人を超え、経済的にも産業技術の面でもまた軍事力でも中東の強国といっていいでしょう。そのイランがシーア派の覇権国家として勢力拡大に動き出しているように見えます。

一方、かつてヨーロッパのかなりの部分を含め世界的な大帝国を築いたスンニ派のトルコ(旧オスマン帝国)も、ほぼ独裁権を握ったエルドアン大統領のもとでかつての威信を取り戻そうしているかのように対外的に強硬な姿勢をみせています。

19世紀半ばのクリミア戦争、その後の第一次世界大戦は、近代兵器を使用した総力戦でかつてない規模の犠牲者を出しましたが、いずれもオスマン帝国の勢力減退に乗じた欧州列強の覇権争いが根本的原因でした。現在はどうでしょうか。EU(欧州連合)は域内の結束に汲々とし、アメリカは「自国第一主義」を掲げて国際的に影が薄くなっています。その中で中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領ともにかつての大帝国への復帰を目指しているのではないか、とみても不思議ではない行動をとっています。このように世界を俯瞰すると、欧米が世界を支配する以前の旧大帝国がかつての覇権を奪回しようと動き始めたようにみえるのです。この大テーマについては機会があればさらに敷衍したいと思います。
(2017年7月27日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか