時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

久しぶりに学部生のゼミを持つことになりました。今年度入学生から始まった給費生試験に合格した学生向けのいわゆる特別ゼミです。この特別ゼミは学部横断型で8人の学生(男性5人、女性3人)が登録してくれました。

いま起こっている社会のさまざまな事象を経済学的に(初歩的な経済学の道具を使って)考えてみたらどう解釈できるか、経済学では割り切れない問題は何か、について自分なりに考えることができる力、つまり経済学的思考のセンス(大竹文雄「経済学的思考のセンス」から借用)を養おうというのがこのゼミのコンセプトです。

ゼミでは、視野を大きく広げ、世の中の動きに関心を持ってもらうために、一覧性に特色がある新聞を毎日読むこと、1週間の新聞購読で関心を持った記事3つを切り抜き、それぞれについてなぜ関心を持ったのか、なにがわかってなにがわからなかったのか、短いコメントをつけ報告することを義務づけました。それだけではありません、毎回、一つのテーマを与え、どう考えたのか、ゼミで発表させることにしています。
ちなみに初回のテーマは次のようなものです。
10年前、巨大なハリケーン、チャーリーが米フロリダ州を襲い甚大な被害をもたらしました。このためチャーリー通過後に住宅の修理代がはねあがりました。当然、住民は大変に困ったわけですから、政府は値上げを禁止する措置をとりました。この措置をめぐって大論争が起きました。経済学者が大反対をしたのです。
この話は白熱講義で日本でも有名になったハーバード大学のマイケル・サンデル教授の著作から引用しました。さてあなたはどう考えるか。これが問題です。
経済学の標準的な考え方によれば、修理代が上がるのを放置しておけば、高い修理代が稼げるというので全国から大工さんが集まり、やがて修理代は元に戻り、その間に多くの住宅が修理されるということになります。逆に値上げを禁止すれば大工さんは増えず、多くの住宅は未修理のままに残る、というのです。
しかし、多くの住民は人々が困っているのに乗じてもうけようという、いわば火事場泥棒的行為はフェアではない、正義に反する、と考えたのでしょう。政府はこの立場をとったのです。
学生はどう考えたか。
驚いたことに(というのは失礼かもしれませんが)ほとんどの学生がほぼ正確に問題を整理し、そのうえで自分の意見を述べたのです。
感動したといってもいい過ぎではなりません。「すばらしきかな!学生たち」です。こちらも大いにやる気が出ました。
実は、人間社会の営みの多くのことがらに、効率か公平・公正か、競争か規制(保護)か、という問題がつきまといます。正解はありません。

つい最近、新聞社時代から続くある研究会(という名の飲み会)がありました。元大臣、元大使、元大企業経営者、元新聞記者などからなる6人の会で、ほとんどが70歳を超えた高齢者なのですが、話題は、TPP、農業改革、複合診療問題、さらにはカジノ解禁如何といつものように話題は尽きませんでした。いずれも競争か規制か、そのバランスをどうとるか、の問題なのです。わたしのゼミのテーマそのものなのです。

今回はゼミの話題になりましたが、次回以降、ときどきの社会経済事象をエコノミストというよりジャーナリストの視点で語ってみたいと思います。よろしくお願い申し上げます。
(2014年4月23日)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)ほか