時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

4月の消費税増税後も景気は持ちこたえているようにみえます。耐久消費財の一部に3月までの駆け込みの反動が出ていますが、非耐久消費財や娯楽・観光などの各種のサービスへの支出は順調に増えているのです。このことはここ1年半ほどで明るさを取り戻した国民の経済的センチメントに変化はないということを示しています。この日本人のセンチメント(感情、気持ち)のありようは、安倍政権の経済政策(アベノミクス)の効果を理解する上できわめて重要なのではないかと思います。

政府、日銀一体による“異次元の金融緩和”を柱とするアベノミクスの「第1の矢」については、ノーベル経済学者のスティグリッツ教授、クルグマン教授やサックス教授などの米国の高名な経済学者には評判がよいのですが、日本の正統派の経済学者には受けが良くありません。
アベノミクスを支える学者ブレーンの論理構成は、貨幣数量説を基本にしています。つまり、黒田総裁の日銀が大胆に進めているように量的緩和政策によって貨幣供給量を増やせばやがてインフレ期待が醸成され、デフレ脱却が可能になるというわけです。

これに対して日本の経済学者の主流は次のように批判しています。
現在のように名目金利がゼロ近辺にある状況では、いくら日銀が貨幣を民間銀行(市中銀行)に供給しても、金利は下がりようがない状況にあるのだから、民間銀行から企業や家計に向けた貸し出しは増加しない。したがって日銀の量的緩和政策によって企業や家計の経済活動が刺激されることはなく、インフレ期待も高まらずデフレ脱却にもつながらない。
かつてケインズはこのような状況を「流動性の罠」といったのですが、まさに現在がそうなのだから、黒田・日銀の異次元緩和は奏功しない、というのです。

たしかに理屈ではそうです。ただ実際はどうなのでしょうか。少なくともこれまでのところ生産から雇用まで経済活動のほとんどすべての分野で、活気が出てきていることは間違いありません。消費者物価も年率1%半ば程度の上昇経路に入ってきています。
ゼロ金利のもとでも量的緩和政策は成果をあげているといってよいでしょう。経済学の常識がはずれたのです。なぜでしょうか。あまり学問的ではないのですが、わたしは日本人のセンチメントがそうさせた、とにらんでいます。全体の空気、あるいは局面が大きく変わったとみると、日本人はそれに乗ろうとして、「あっという間に過去を捨てる」、といわれてきました。「きわめて世俗的だ」と指摘する識者もいます。安倍政権の誕生で、日本人は経済の先行きについて、明らかに空気が変わったとみたのでしょう。アベノミクスが理屈を超えた原因はこのあたりにあるのではないでしょうか。日本人のセンチメントについて今後もいろいろな観点から考えてみたいと思います。
(2014年5月26日)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)ほか