時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

2014年12月の総選挙は、戦後最低の投票率のもとで自民党の圧勝で終わりました。この選挙で何が争われたのか、争点はあったのか、という議論がありましたが、もっと根本的な問題は、最大で2倍を超える「1票の格差」を抱えたまま選挙が行なわれたということではないか、と思います。

最高裁は2013年11月に、最大格差が2.43倍だった2012年12月の衆院選について「違憲状態」という判決を言い渡しました。問題となったのは、全国に300ある小選挙区で議員1人を選ぶ有権者の数が、最小で1に対し、最大で2.43あったということです。これでは格差最大の選挙区の有権者の票の重みは、最小区の半分以下でしかありません。不公平のいいところです。最高裁は2010年の衆院選に違憲状態という判決をだしていますし、2014年11月には、2013年7月の参院選も違憲状態としました。

「違憲状態」というのは、憲法に違反するという確認をした、ということです。憲法違反だが、制度改革にはしかるべき時間が必要だから「選挙は無効」とまではいえないということのようです。

なぜ格差がこんなに開いたまま問題が解決できないのでしょうか。ひとことでいえば人口の少ない農村部を地盤としている政治家が変えたくないからでしょう。かつては農業を中心とした第一次産業が日本経済の柱でしたし、人口も多かったのです。しかし、戦後復興から高度成長期にかけて首都圏や阪神地域へ人口の大移動が続き、すっかり人口の地域構造が変わってしまいました。この人口の地域構造の様変わりの変化に選挙制度が追い付いていないのです。

問題はこれによって政府のさまざまな政策が歪んでしまったことです。政府の立案する政策のメリットは、国民全員に可能な限り、公平に行き渡る必要があります。ところが票の格差がかくも大きいと票の重みの大きい地方の有権者に有利な政策がとりあげられる可能性が高くなります。それでは、現在、農業が日本経済でどのような地位を占めているでしょうか。農水省によりますと、専業農家は約42万戸、総務省調査では、農業就業者は200万人、全就業者の3%に過ぎません。さらに内閣府の国民経済計算(GDP統計)では農業の生産額がGDPの1%強にとどまり就業者の3%で、GDPの1%しか生産できないのですから、農業の生産性は産業平均の3分の1しかないことになります。生産性を大きく向上させて競争力を高める余地は大いにあるということになるでしょう。

農業従事者は少ないのです。にもかかわらず日本経済を海外に向けてオープンにし経済を活性化させることを目的としたTPP(環太平洋経済連携協定)交渉が主として農林族の抵抗でここまで難航している理由は、なんでしょうか。ゲーリー・ベッカーというノーベル賞を授賞したアメリカの大経済学者は、小規模で結束力の強い集団の主張が通りやすい、といいます。彼らが獲得する補助金などの利益はかれらにとってきわめて大きいが、このコストは多数の消費者に気がつかないほど薄くばらまかれるからです。紙数がつきましたのでこの点は次回以降、もう少し検討してみましょう。
来年も宜しくお願い申し上げます。
(2014年12月22日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)ほか