時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

11月には大きなハプニングが連続して3つありました。第1は、17日に公表された2014年7~9月期のGDP(第1次速報値)です。実質GDPが消費税増税の影響で大きく落ち込んだ4~6月期をさらに下回ったのです。4~6月期は前の四半期に比べ季節調整済みの数値で1.9%も減少しました。中でも消費支出は5%も落ち込みました。年率にすると20%も減った勘定になります。

これほど落ち込みが大きかったのですから、7~9月期は反動もあってそれなりのプラス成長になると、専門家はみていました。ところが蓋を開けて見ると、案に相違して0.4%のマイナス成長でした。マイナス成長を予想したエコノミストは皆無といってよいでしょう。わたしも本当に驚きました。民間企業の在庫投資が激減したことが大きく響いたのですが、円安が進行している中で、企業の景況感がこんなにも悪化したとはちょっと信じられません。

第2のハプニングは、この結果をみて安倍首相が、来年10月に予定されていた、消費税の再増税を2017年春に延期したことです。たしかに景気回復の足取りは予想以上にふらついていますが、アメリカの景気が堅調を持続していること、したがって円安基調が続くと思われること、などを考えれば、来年に向けて景気がさらに悪化するリスクはかなり小さいのではないでしょうか。にもかかわらず、法律に書き込んである来年の再増税を早々に見送る方針を打ち出したのは解せません。

3番目は、それと同時に衆院解散を決めたことです。計ったような素早さです。野党が本当の目的は、閣内の不祥事隠しだというのも一理あるような気がします。

さて、予定されていた消費税増税が延期されることの問題点を考えてみましょう。小泉内閣以来、財政再建の指標をプライマリー・バランス(基礎的財政収支)に置いてきました。プライマリー・バランスというのは、公債の元利払い(利子+償還額)以外の歳出を税収だけでまかなった場合の収支尻です。政府は、このプライマリー・バランスの対GDP比を2015年度に2010年度実績(マイナス6.6%)の半分にし、2020年度に黒字化することを財政再建の目標に掲げています。

内閣府が7月に、アベノミクスが成功し、成長率が名目で3%、実質で2%を維持できるという前提(経済再生ケース)で試算した結果を公表しています。それによるとこのケースでも20年度の黒字化目標の達成は困難(20年度でマイナス1.8%)という結果が出ています。しかも、経済再生ケースの前提には、消費税再増税が組み込まれているのです。今回のハプニングでこの前提が崩れました。これまでの財政再建目標は反故にせざるを得ないでしょう。

問題は財政再建が遅れるとなにが起こるかです。経済学の教科書には、財政赤字が続くと、民間企業が将来に向けて行う設備投資に回る資金が制約を受け、経済の成長力を低下させる、と書いてあります。人口減少下で、成長を維持するには生産性の引き上げが必須条件だということは、当欄ですでに説明しました。財政赤字によって企業の設備投資が制約されれば生産性は上がりません。この点がもっとも心配です。
(2014年11月27日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)ほか