時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

前回では、経済成長は技術革新がなければ持続しない、と述べました。技術革新というのは、新しい技術やマーケティング手法などの発明、開発を指します。これらを担う人材はそれに適した教育があって初めて輩出します。安倍政権が教育制度の改革を成長戦略の柱の一つに掲げているのもそのためです。

教育の大切さは古来多くの先人が説いてきました。ここでは近代日本の土台となる思想を築いたといわれる福沢諭吉をとりあげたいと思います。

福沢諭吉は、あまりにも有名な「学問のすすめ」(明治5年初編、同9年17編)を著しました。この本は、340万部発行されたそうです。現在の人口に換算しますと、実に1200万部の超ベストセラーだったのです。先生はこの本で次のように述べました。

「「天はひとの上に人を造らず、人の下に人を造らず」といえり。—されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、愚かなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もあり。—賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。」

つまり、人は必ずしも平等ではないが、その格差は「学ぶか学ばないか」で決まる、というのです。そのうえで「一身独立して一国独立する」と強調しています。人は学ぶことによって人に頼らない独立心を持つことができ、そのような独立心を持った人々が存在して初めて国家の独立が保たれる、というわけです。

「学問のすすめ」からほぼ180年。現在の日本の教育は、国家を支えうる人材を養成してきたのでしょうか。
先に亡くなった宇沢弘文先生とともに、毎年、ノーベル経済学賞候補に挙げられていた森嶋通夫先生(1923~2004 元ロンドン大学、大阪大学教授)は、日本経済の将来を大変憂慮し、その原因が戦後教育にある、と説いていました。
森嶋先生は1998年に著した「なぜ日本は没落するか」(岩波書店)で2050年の日本の将来を予測し、日本は没落する、と結論づけたのです。

森嶋先生は、自ら人口史観と呼んだ手法で予測しています。つまり、現在(本を書いた1998年)例えば13歳の中学生は、2030年に45歳、2040年に55歳、2050年には65歳になっている。同様に18歳の大学生はそれぞれ50歳、60歳、70歳である。2050年をとってみてもこの年齢層の人々は日本の中枢にいます。
しかし、この人たちは戦後教育を受けています。しかし、その戦後教育は、価値判断の排除(価値判断を行う能力の欠如)付け焼刃の自由主義・個人主義、思考力を育てない画一教育、高等教育の大衆化(エリート主義の欠如)、職業倫理の頽廃、という一大欠陥を持っている。このような欠陥のある戦後教育で育った人々がこれからの日本を背負うのだから、日本は衰退せざるをえない、というのです。

実は30年前、数理経済学者として世界的な業績を挙げていた森嶋先生をロンドン大学に訪ねたことがあります。ノーベル賞授賞時の解説原稿の準備のためでした。当時は、日本の戦後の高度成長は、戦前の教育を受けた人々によって支えられた、という議論を展開していました。この問題は今後、どこかで触れたいと思います。
(2014年10月27日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)ほか