時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

6月23日にイギリスで国民投票が実施されこの国がEU(欧州連合)から離脱することが決まりました。また7月10日には日本で参院選挙が行われ、自民党を中心に改憲勢力が憲法改正を発議できる2/3議席を確保しました。それぞれの国民が国の将来を左右しかねない重大な選択を行ったのです。両者を比較しながら、国民の投票行動について考えてみたいと思います。

イギリスのEU離脱(欧米メディアではBrexitという造語で表現されています)については、直前まで「そんなことはありえない」と庶民から専門家までがみていただけにまさに驚天動地、ロンドンの高級紙、フィナンシャル・タイムズは「英国民は暗闇に飛び降りた」と書きました。世界中の金融市場は文字通り激震に見舞われ、日本では株価が暴落、円が暴騰しました。

ちなみに6月24日(金)の東京株式市場では、日経平均株価は16,333円で取引が始まったのですが、EU離脱の報が伝わった途端に暴落、結局、14,952円で終わりました。実にこの日だけで1,400円近く(8.5%)も下げたのです。最近になって世界の金融市場はやや落ち着きを取り戻していますが、世界経済への悪影響はこれから表面化すると世界中の専門家がみています。

ことの発端は、イギリスのキャメロン首相が2013年にEU残留かEU離脱化を問う国民投票の実施を決めたことです。キャメロン首相は「EUにとどまることが経済繁栄に不可欠」とするEU残留派です。ただ彼が率いる保守党内にEU加盟国に厳しい共通ルールの履行を強制する欧州委員会やEU官僚のやり方に反発する議員が増えていました。とくにポーランドなど東欧のEU加盟国から大量の移民が流入していることへの反発が強くなったのです。そこで国民投票でEU残留を決め、この国民の声を背景に党内での政治基盤を固めようとしたとみられています。

この彼の目論見に真っ向から挑戦したのが、キャメロン首相の盟友だったジョンソン前ロンドン市長です。ちなみにジョンソン氏の後の市長、つまり現在のロンドン市長、サディク・カーン氏はパキスタンからの移民の息子でロンドンが開かれた自由な国際都市であることの象徴のような人物です。

ジョンソン氏は新聞記者として長期間、EU本部のあるブリュッセル(ベルギー)に駐在し、さまざまな共通ルールを次々に策定するEU官僚を部数の多いロンドンの大衆紙を舞台に批判し続けたといわれています。ただ、EU内改革派でEU離脱派とは一線を画していたとされています。

そのジョンソン氏がかねてから移民規制を強く主張している英国独立党などと歩調を合わせるように、突如としてEU離脱派に変身し、過激な表現で彼の主張に国民を巻き込んでいったのです。国民を扇動したといってもよいかもしれません。その結果、ロンドンを中心にイングランドやスコットランドの市民の多くはEU残留に票を投じましたが、全体では僅差で離脱派が勝利しました。しかし、なぜジョンソン氏は突然、“英国主義”に変身したのでしょうか。国民投票の結果にかかわらず、過激な発言で自身の存在感をアピールことが次期首相への党内基盤を固めることにつながると彼が判断したからではないでしょうか。

国民投票は国の命運にかかわる重大問題への賛否を、たった一度の投票で国民に迫るという性質を持っています。しかし大多数の国民は十分な情報を持たず、知識もないというのが実態でしょう。巧みな、あるいは声高な政治家の声に耳を傾けがちなのです。国民投票の怖さはここにあるように思います。離脱票を投じた市民の一人がTVのインタビューに「もう少しよく考えればよかった」と嘆いていたのが印象的です。なおジョンソン氏は保守党の次期党首選に出馬しないことを明らかにしています。次回は日本の今回の参院選に関連させて国民の投票行動についてもう少し考えてみたいと思います。
(2016年7月11日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか