時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

前回に続いて、経営者の暴走や不祥事を防ぐにはどうしたらよいのか、“リンゴ”を腐らせない方法について考えてみましょう。

資本主義の中核である株式会社の発展の歴史は、所有者である株主がいかに経営者を管理するか、頭を悩ませてきた歴史といってもよいのではないかと思います。かつてこの「時論」でもふれたことがありますが、先進国の経済成長は、株式会社制度が現在のようなかたちに整備された時期、1820年前後から始まっています。産業革命が経済成長に結びつくまでにかなりの期間を要したのです。

株式会社は17世紀のオランダ・東インド会社が最初だといわれています。当時の株式会社は、出資者(株主)が無限責任を負っていました。会社が所有する貿易船が沈没するなどで会社が巨額の借金を抱えたまま倒産すると、株主は会社の借金(債務)を返済する義務を負っていました。これでは株主になれる人は限られてしまいます。しかも会社の業務は国王の免許によって限定されていたのです。現在のように業務に免許の制限がなく、株主の責任も所有株のみに限定されるようになったのが、19世紀初頭なのです。この制度の下では、例え会社が倒産しても株主は所有株の価値がゼロになるリスクを負うだけです。この株主の「有限責任制」が確立したことによって、株式会社は不特定多数から巨額の資金を集めることができるようになり、大規模会社が登場するようになりました。こうして経済成長が加速されたのです。

さて株主と経営者の関係ですが、当初は大株主が直接、会社を経営するのが通常でした。株主=経営者、という関係だったのです。ところが会社の規模が大きくなるに従って、株主は経営の専門家に経営を任せるようになってきます。「経営と所有の分離」が行われるようになりました。ここから「企業統治」(コーポレート・ガバナンス)の問題が強く意識されるようになりました。株主が経営者をいかにコントロールし、経営の成果を高めるか、という問題です。

問題の根源は、経営者の利益と株主の利益が必ずしも一致しない、いわゆる「利益相反」の存在です。経営の実態をもっともよく把握しているのは経営者ですから、株主の意に反して経営者が自分の懐を肥やす可能性が常に存在するわけです。前回触れたエンロン事件をはじめ、経営者による多くの不祥事はまさにこれでした。

この問題にどう対応したらよいのでしょうか。基本的には経営者の利益と株主の利益を一致させればよいということになります。この考え方に沿ってアメリカでは早くからストック(株式)・オプション制度が採用されてきました。

経営者への報酬として、将来の特定の日時に決められた金額で自社の株式を購入できる権利を与えるというものです。たとえば1株5,000円で買う権利があるとすれば、その会社の業績が順調で株価が7,000円になったとすれば、経営者はこの権利(オプション)を行使して市場で売れば1株当たり2,000円の利益を得ることができるわけです。経営者が会社の業績を上げるために頑張れば、株主も経営者も利益を享受できるというわけです。両者の利害が一致するのです。日本でも最近、ストック・オプション制度の採用企業が増えています。(6月10日付の日本経済新聞の記事によると、ストック・オプション採用企業は600社強ということです。)ただ、これで万事解決というわけにはもちろんゆきません。以前から指摘されている「企業の社会的責任」という観点を含めてこの点についていずれかの機会に取り上げたいと考えています。
(2016年6月10日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか