時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

10月に入って、国際的な取り決めに対する日本政府の姿勢、対応に疑問符をつけざるを得ない事態が発生しつつあります。地球温暖化対策の新ルール、「パリ協定」への対応です。

「パリ協定」というのは、昨年12月、パリで開かれた21回目の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された新たな地球温暖化防止策の国際ルールです。この新ルールは、1997年12月の京都会議(COP3)で採択された「京都議定書」に代わる2020年以降の温室効果ガスの排出量削減のための具体策を盛り込んだもので、アメリカのオバマ大統領は「歴史は(この協定を)地球の転換点とみなすだろう」と表現しています。

それではなにが画期的なのか。第1に、石油をガブ飲みしているアメリカや経済成長のために大量のエネルギーを必要としている中国など発展途上国が参加しなかった京都議定書と違い、すべての国に適用される枠組みであること。第2にすべての国に参加してもらうために温暖化ガスの削減目標は各国自らが定める「各国提案方式」としたこと。第3に、世界共通の長期目標として地球の平均気温を産業革命前の水準を2°C(摂氏2度)、できれば1.5°C上回る程度に抑える努力をすることを明記したこと。第4に、この協定の実施が確実になされているかどうか、5年ごとに確認することになっていること。この4点だと思います。

すでに大部分の国が昨年中に2025~2030年を到達点とした温室効果ガス削減目標を提示しています。日本は2030年度に2013年度比26%削減(2005年度比25.4%削減)することにしています。アメリカは2025年に2005年比26%~28%削減、中国は2030年までにGDP(国内総生産)1単位当たりCO2(二酸化炭素)を2005年比で60%~65%とし、2030年ごろをCO2排出量のピークとすることを約束草案として提出しています。

このように京都会議から毎年会議を重ねながら実に18年を費やしてまさに歴史的な「パリ協定」にたどりついたのです。
この協定の採択に至る過程では、京都会議の議長国として京都議定書をまとめた実績を持つ日本は大きな貢献をしました。問題はその後です。「パリ協定」は京都議定書と同様、世界の排出量の55%以上、55カ国以上の国・地域が締結すれば30日後に発効する約束になっているのですが、なんと10月5日の時点で74カ国・地域が締結、これらの国・地域の排出量合計が世界全体の58.8%に達したのです。したがって30日後の11月4日に発効することが決まったのです。締結国には石油、石炭など化石燃料消費大国のアメリカ、中国、インドなどが含まれています。とりわけ経済成長を優先させてきた中国が「責任ある大国」としてアメリカと手を組むように早期締結に動いたことが決定的な役割を果たしたのです。

京都議定書は1997年12月に採択されましたが、発効にこぎつけたのは2005年2月です。7年以上もかかったのです。「パリ条約」も発効は2018年以降と想定されていました。それが採択後わずか11か月で発効することになったわけです。日本はまだ国会で議論していません。現在開かれている臨時国会で審議することができるのかどうか、危ぶまれている状況です。日本はこれまで温暖化防止に努力してきただけに「温暖化防止に消極的な国」というレッテルがはられることだけはなんとしても避けたいものです。

1997年12月、京都議定書が採択されたCOP3の会議に報道関係者として参加していました。会議が行われた京都国際会館には各国の政府関係者、NGO、報道陣など数千人が集まり、熱気があふれていたこと、アメリカからゴア副大統領(当時)が参加していたこと、議定書は審議日程を延期し、徹夜の会議を続けてようやく採択されたこと、などを記憶しています。経済成長を加速させようとしていた中国など途上国が化石燃料の抑制につながる温暖化ガス削減に強力に反対したからです。「先進国が豊かになるためにエネルギーを大量に消費したことが温暖化を招いた原因。途上国も豊かになる権利がある。責任は先進国がとるべきだ」という論理でした。

会議に参加していた日本の外務省の担当者に後で聞いた話ですが、温暖化による海面の上昇で水没する危険をかかえる南太平洋の島嶼国の代表の発言を、隣にいた中国の政府関係者が上着を引っ張って阻止しようとしていたというのです。それからほぼ20年、中国も大きく変わったようなのです。
(2016年10月10日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか