時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

日銀は、9月20日、21日に金融政策決定会合を開き、アベノミクス以来の「異次元の金融緩和政策」の効果を総括的に検証することになっています。この原稿を書いている段階(9月20日朝)では、黒田総裁のもとで2013年4月に始まった異次元緩和を日銀がどう評価し、どんな政策を打ち出すのか、わかりません。市場では、これまでの黒田総裁の各種発言から、マイナス金利政策の「深掘り」を中心に異次元緩和の一段の強化を予想する向きが多いようです。

どのような政策が出るのか、結果はわかりませんが、わたしは、教科書にもないマイナス金利政策にまで踏み込んだ異次元緩和政策は、もはや限界だと思っています。

日銀の異次元緩和の目的は、アベノミクスの第一目標である「デフレからの脱却」、具体的には「消費者物価の前年比上昇率2%の早期実現」にあります。現実には消費者物価はほとんど上がっていません。だからさらなる緩和策を、というのが黒田総裁の現在の心境ではないでしょうか。

デフレの問題点は、人々は、先行き物価が下がるとみれば、現在の消費を抑える、というところにあります。これは企業でも同じです。もっと安くなるまで買い控えようというわけです。これは需要の減少を意味しますから、さらに景気は悪化し、デフレが進行します。いわゆる「デフレスパイラル」という現象です。これでは人々の将来への期待もしぼんでしまいます。しかし、現状はデフレマインドが蔓延している状況とはいえないのではないか。これがわたしの見方です。

公的な性格を持つ統計数理研究所が年に一度、「日本人の国民性調査」を実施しています。一般にはあまりなじみがないのかもしれませんが、長期にわたって調査項目を固定していますので日本人の国民性がどう変化してきたのか、非常に貴重な情報が含まれています。直近の2013年調査で注目されるのは、将来の見通しについて「人々は幸福になる」が「不幸になる」を初めて上回ったことです。しかも20歳代ではその差が特に大きかったのです。

それだけではありません。日本人の94%が「幸福」(「まあまあ幸福」、「普通に幸福」を含む)と答えていることです。55年前の1958年調査では81%でしたから、これを大きく上回っているのです。日本経済が高度成長期に入り、池田勇人内閣の所得倍増計画を作った下村治博士が「勃興期」と表現した時代よりも、人々は幸福だ、と感じているとは驚きです。

つまり現在の私たち日本国民の心は、デフレマインド、将来悲観論が蔓延しているわけではなく、むしろ若者中心に楽観論が優勢なのです。この点は、例えば先の参院選で18-19歳の投票先(比例代表)で自民党が多数を占めたことや最近の世論調査で安倍内閣支持率が上昇(日本経済新聞とテレビ東京の調査では62%)したことと整合的だといえましょう。デフレで大変だから政権交代が必要だ、という空気ではないのです。格差拡大への不満が政治を不安定にさせている欧米諸国とは大きく違います。

もう一つ。日銀の「生活意識に関する調査」の最新版(6月調査)で「1年後に物価が上がる」と見ている人が全体の72%、「5年後に物価が上がる」と見る人が83%に達しているのです。
「物価2%目標」に邁進せねば、という状況ではないのです。少なくとも、あせって無理をすべきではない、と思います。
(2016年9月20日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか