時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

12月8日(木)に日本経済新聞、テレビ東京、日本経済研究センターの日経グループが主催する年末恒例のパーティー、「エコノミスト懇親会」がホテルオークラで開催されました。この模様はテレビ東京で報道されましたのでご覧になった方も多いと思います。筆者も毎年招待されているのですが、ここ3年、話題になるのは颯爽と登場する安倍首相の挨拶です。首相はいつも株価を最初に話題にするのです。いわゆるアベノミクスによって、少なくとも株高と円安(円高修正)は実現したのですから、その成果を強調したいのは当然でしょう。案の定、ことしも「今日の日経平均(終値)は18,765円で引けました。これは今年の最高値です」と満面の笑みを浮かべながら切り出しました。

つくづく「安倍首相は運がよい」と思わざるをえません。というのも12月のタイミングで株価がこんなに上がっているなどとは、だれも思っていなかったからです。万年強気の証券会社のプロでさえ本音ではそうでした。

というのも、世界的に株価は2015年半ばに急速に失速し、この流れを引き継いだ2016年(平成28年)の幕開けはひどいものでした。株価は年初から連続6日間下げ続け、2月12日には15,000円を割り込むところまで落ち込みました。2015年末は19,000円台だったのですからすさまじい暴落といってよいでしょう。原因は中国経済の成長減速とそれに伴う原油安です。

その後もハラハラする出来事が続きました。きわめつきは6月のイギリスの国民投票と11月のアメリカの大統領選挙でしょう。イギリスの国民はEU離脱(Brexit)を選択し、アメリカの国民はトランプ氏を新大統領に選出しました。いずれも事前の下馬評とは正反対の結果となりました。Brexitに際しては、日経の傘下に入ったイギリスの名門経済紙フィナンシャル・タイムズは「英国民は暗闇に飛び降りた」と表現し、トランプ新大統領の登場についてはイギリスのエコノミスト誌が「1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊し、西欧流の民主主義とグローバルなオープンマーケットの時代がやってきた。歴史は大きく転換したのだが、2016年の同じ11月9日、歴史はベルリンの壁以前に戻ってしまった」と嘆きました。

この二つの大イベントの前後に世界の株価は急落しました。Brexitも自国主義、保護主義を唱えてきたトランプ氏の登場も世界経済の足かせとなるとほとんどの専門家が見ているからです。

それではその後の明るさはどうしたことでしょうか?市場ではトランプ新大統領が公約通り大型減税と公共投資を実施すればアメリカ経済は勢いを増し世界経済を明るくする、とみているようです。日本経済もアメリカ景気の拡大—>アメリカ金利の上昇—>円安加速—>輸出増加、企業収益増大というルートを通じて景気拡大に結びつくというシナリオが描かれています。つまり「トランプ政策」のよい面だけが強調されているのでしょう。これが長続きするのかどうか、正直言ってわかりません。
ただ確実にいえることは、欧米社会が地殻変動を起こしていることでしょう。これまでの「エスタブリッシュメントによる支配」「エスタブリッシュメントによる平和」が根底から崩されたということです。2017年にはフランス、ドイツ、イタリアなど欧州主要国で大統領選挙をはじめ国政選挙が行われる予定です。この結果を含め、波乱含みの年になることは間違いないでしょう。
(2016年12月9日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか