時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

2018年11月11日は、第一次世界大戦の終戦からちょうど100年に当たる記念すべき日(Armistice Centenary Day)でした。パリで行われた記念式典の様子はCNNやBBCで長時間にわたって同時中継されていたのでご覧になった方も多いと思います。小雨が降り続く中、ドイツのメルケル首相など各国の首脳が勢ぞろいしている式典会場に、遅れてアメリカのトランプ大統領が夫人とともに到着し、最後にロシアのプーチン大統領が現れたのが克明に映し出されていました。

 

プーチン大統領が所定の位置についてすぐに主催者のフランスのマクロン大統領の記念演説が始まりました。その中で同大統領は「100年は遠い昔のように見えるが、ほんの昨日のことだ」「ナショナリズムは愛国心の裏切り行為だ」と言い切ったのが印象的でした。停滞しているフランス経済にカツを入れるための大胆な構造改革政策を打ち出し、対外的にはドイツのメルケル首相とともにEU(欧州連合)の団結を訴える清新のマクロン氏の面目躍如といったところでした。

そのマクロン大統領が、いま苦境に立たされています。財政再建とCO2抑制をねらった燃料税引き上げなどに反対する「黄色いベスト」運動(黄色いベストを着てデモに参加する運動)による大規模なデモが各所で連日繰り広げられ、ついにこれらの政策を撤回せざるを得なくなったのです。ヨーロッパの有識者の中には歴代大統領と同様にマクロン氏もフランスの構造改革に手をつけられないのではないか、という悲観論が出てきています。しかもこれはEUの改革・強化にも大きな影を落とすことになる、と思われます。「黄色いベスト」の参加者はアメリカのトランプ氏支持層と同様に右派と左派とかに関係のない「取り残された人々」だと分析されています。このことは、これまでの「保守、革新、中道」と色分けされていた政治を動かす勢力が衰退しつつあることをうかがわせます。

欧米で大きな姿となって表れているこうした現象について、「第3の道」を唱え、ブレアイギリス労働党政権のブレーンだった社会学者、A・ギデンズ氏は、「デジタル革命によって製造業や農業の従事者が目に見えて減少し、大半がサービス業となったことが最大の遠因だ。労働組合を支えていた労働者階級が劇的に減ってしまったのだ」(朝日新聞12月8日付)と見ています。

CNNの政治キャスターとして有名なF・ザカリア氏は、「都市住民と農村地域住民との分断であり、デジタル化によって仕事を奪われている農村地域の人々が都市エリートにノーを突きつけている。これは欧州諸国にも共通している」という趣旨の分析をしています(ジャパン・タイムズ12月18日付)。同氏が紹介しているブルッキングス研究所の調査によりますと、2008年の金融危機以降、アメリカの雇用増加の72%が53の大都市で生まれているが、都市部の面積は全米の3.5%に過ぎない、ということです。しかも都市部の雇用は未組織のサービス業で産み出されているのです。

ここから見える構図は、デジタル社会化が急速に進むとともに労働組合を支持基盤とした「中道」を含めた革新政党の影響力は大きく後退してゆく、ということではないでしょうか。日本も同じ道をたどるはずです。
(2018年12月20日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか