先日、日本経済新聞に「法人税 どこに消えた」という見出しの記事が載りました。世界の時価総額上位100社を対象に利益と法人税負担額を観察すると、2000年代までは、利益が増えると法人税負担額も増えるという関係があったが、2010年代になってこの関係が崩れてきている、というのです。この記事によりますと、税引き前利益に対する法人税負担の比率は、2000年には30%を超えていたのに、2018年には23%に低下しています。
企業収益は史上最高水準で推移しているのに、企業の税負担は絶対額でもむしろ減少しているのです。この理由として大きく次の2点が指摘されています。
第1は世界的な法人税引き下げ競争です。企業は個人と違い、本拠地を国境を越えて容易に移せます。元気のよい企業を誘致する有効な方法は法人税率を引き下げることです。こうして国際的な税率引き下げ競争が起こっているのです。トランプ大統領はアメリカの連邦法人税率を35%から一気に21%に引き下げました。IT企業の集積をねらって税率引き下げ競争の口火を切ったアイルランドは2003年までに税率を12.5%に下げたということです。
日本も法人税率引き下げ競争に巻き込まれています。日本の法人税率は1980年代後半に43.3%でしたが、その後、断続的に引き下げられ、現在は23.2%にまで低下しています。この結果、一般会計税収に占める法人税の割合は、1990年度の30.6%から昨年度には20.5%にまで低下しました。野党は「企業優遇だ」と批判していますが、政府は「日本企業の国際競争力を維持し、企業の国外流出を防ぐにはやむをえない」と説明しています。
こうした税率引き下げ競争に加えて,最近、もっと深刻な別の第2の要因が指摘されています。税率の極端に低いタックスヘイブンに名目的に本拠を移し、税回避をねらう大企業が絶えないことです。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)といわれる巨額の利益をあげるプラットフォーマーがタックスへイブンに富を集めれば、ユーザーの居住国に税金は落ちません。この構造が定着すると、国家の財政はもちろん、各国の人々の生活に大きなマイナスの影響をあたえることになりかねません。
デジタル経済、ネットワーク経済のもとでは「勝者総取り」(Winners take all)現象が生じます。「みんなが利用しているならボクもその輪に入ろう。その方が便利だから」というメカニズムがユーザー側に働くからです。プラットフォームを提供する企業はコストをかけずにお客をどんどん取り込んでゆくことができるわけです。
当然ですが、GAFAにみられるように、勝ち組の数社が富を独占するのです。そうなるとわずかの勝ち組とその他の企業という企業間の格差が大きく拡大します。一方でその勝ち組の企業を支配する人々はますます豊かになり、わずかの富裕層がますます豊かになります。所得格差の拡大です。この富裕層がタックスヘイブンを盛んに利用している実態が、パナマ文書で暴露されつつあることは以前、当欄で紹介しました。
つまり富はわずかの企業とわずかな金持ちに集中し、かれらが負担すべき税金が本来の場所で適正な額で納税されていないという状況が出現しているのです。
どうすべきか。現在、GAFAのような企業にどのように課税すべきか、国際的に議論されていますが、まだ問題点が明らかになった段階でこれといった対策を打ち出すまでに至っていないのが現状です。巨大企業のロビー活動も盛んなようです。次回はネットワーク経済、デジタル経済のもとでは必然的に所得格差が拡大すること、そうした経済構造のもとで税収をどう確保するか、考えてみたいと思います。
(2019年7月4日記)
【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。
<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか