習近平氏が中国のトップ(共産党総書記・国家主席)について以来、強大な軍事力の誇示や一帯一路政策の大規模な推進など、中国の覇権主義的な行動が目立っているように思います。習主席は、「かつて世界を制覇した中国の栄光を取り戻すことが「中国の夢」であり「私の夢」だ」と述べています。しかし、夢の実現には大きな壁があります。急速に進む少子・高齢化がそれです。
この点に関してニューヨーク・タイムズ(国際版)が2月28日付けで「China isn't having enough babies:中国は赤ちゃんが不足している」という見出しの記事を掲載しました。大変参考になりますので紹介しましょう。筆者はWang Feng(カリフォルニア大学アーバイン校教授)、Yong Cai(ノースカロライナ大学准教授)の両氏です。
まず少子化の現状。2018年の出生数は2017年より11%減って、1,523万人だったということです。一人っ子政策が事実上廃止されたにもかかわらず、出生数が増えるどころか大幅に減っていることに驚かされます。この記事によりますと、出生数の減少は、一人っ子政策が始まった1980年よりずっと前、1960年代後半に始まったということです。女性の労働力率上昇、幼児死亡率の低下などがその原因としてあげられますが、現在はこれに加え、急速な都市化、女性がより豊かな生活へ強い願望を持ち始めたことが出生数減少に拍車をかけている、ということです。都市人口は40年前は全人口の20%でしたが、2015年には60%とすさまじい変化を遂げています。
人口の都市化は、大学進学率の上昇につながります。大学進学率は、1990年にはわずか3%だったものが、2015年には男性で40%、女性で45%に達しているということです。女性が男性を上回っているのです。日本の例でも分かりますように女性の高学歴化は、晩婚化、出生数減少に直結します。
出生数が減少する一方で、平均寿命が延びていますから、労働力が減少し、人口の高齢化が急速に進みます。二人の筆者は、2030年までに20~24歳層は20%減り、60歳以上の層が56%増える。この結果、2030年には全人口の25%が60歳以上の高齢者になると推計しています。
高齢化によって政府の社会保障関連費が増えてゆきます。社会保障関連費(教育、医療、年金費)は2007年にはGDP(国内総生産)の6.3%でした。それが2016年には11.6%と2倍近くに上昇しているということです。国防費よりも速いスピードで膨張しているのです。国民の福祉水準を現状で固定すると仮定しても、高齢化によって社会保障費のGDP比は2035年には17%、2050年までには23%に達するという推計結果も紹介されています。23%というのは現在の財政支出総額の対GDP比に相当するということです。
しかし、福祉水準を現状で固定するという前提には無理があります。現状では都市と地方の福祉格差は膨大でこのままでは国民の不満は急速に高まると見られています。教育システムの非効率もかねて指摘されています。
以上の分析からうかがえるのは、国民の不満を吸収しながら、アメリカに対抗できうる軍備を整えるのは至難の業だということでしょう。そうなれば共産党の正統性の維持にも影響しかねません。中国指導部の賢明な舵取りに期待したいと思います。
(2019年5月30日記)
【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。
<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか