時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

令和の時代を迎えるにあたり、日本の将来を考えてみました。まずほぼ確実なのは、言うまでもなく、人口がますます減少し高齢化が進展するということです。未来は不確実だといっても、このことを疑う人はいないでしょう。労働力人口が減少を始めてすでに20年が経過しています。どの分野でも人手不足が深刻で、政府は外国人労働者を本格的に受け入れる体制を整えようとしています。

このように労働力が足りなければ、つまり労働力市場で供給不足が続けば、賃金が上がり、労働条件が改善してゆく、と考えるのが普通でしょう。ところが実際には、平成時代には働く人の平均賃金は上がっていないのです。非正規労働者が増えているからです。就業者の4割は、非正規雇用です。働く人の労働条件は、人手不足にもかかわらず悪化しているのです。この点については本欄でたびたび触れてきました。しかも今後、この傾向にますます拍車がかかると思います。この傾向を生み出している根底に、インターネットを基盤にしたIT(情報技術)革新とAI(人工知能)の急速な進化があるからです。

イスラエルの気鋭の歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ教授は、世界的ベストセラーとなっている「ホモ・デウス」で、人知をも超えるAIの出現で、社会は仕事のない膨大な余剰人員を抱えることになると、警告しています。AIの開発やインターネット経済のもとで膨大な利益を稼ぐほんの一握りの企業家や資本家と、経済的には価値がなくなった仕事のない大多数の人々という二極化が生じる、というのです。

アメリカのカール・シャピロ、ハル・ヴァリアンという二人の教授が、インターネットを基盤にした情報経済の仕組みを初めて明らかにした『Information Rules: A Strategic Guide to the Network Economy』(邦訳『「ネットワーク経済」の法則』)を出版してからちょうど20年が経ちます。この本で両教授は、ネットワーク経済の本質を、「ネットワーク効果(ネットワーク外部性)」だと喝破したのです。つまり、利用する人が増えれば増えるほど、利用者の便益が向上し、利用者がますます増えるのです。この原理で動くネットワーク経済のもとでは、「勝者総取り」(Winners take all)現象が生まれます。グーグルやフェイスブックなどほんの一握りの企業がネットワーク経済を支配しているのはこのためです。これら数社が富の大部分を獲得してしまうのです。一方で多くの仕事がAIに代替されてゆくことになるでしょう。安定した職場は次第に奪われ、非正規雇用者が増えてゆくのです。

フェイスブックの共同創業者だったクリス・ヒューズ氏が、近著『FAIR SHOT: Rethinking Inequality and How We Earn』(邦訳『1%の富裕層のお金でみんなが幸せになる方法』)で、「プリンストン大学の研究によると、2005年から2015年までの10年間で新たに生み出された雇用の94%が、低報酬で不安定な請負や臨時の仕事だった」とアメリカの労働市場の現状を紹介しています。失業率は空前の低さだが、仕事はあっても、1億5,000万人のアメリカ人がギリギリの暮らしを強いられている、というのです。ヒューズ氏は、このことがトランプ大統領を支える要因となっていると指摘しています。

アメリカほどではないにしても日本でも同様な事態が起こりつつあるのではないでしょうか。絶対的な貧困層は減っても中間層のかなりの人々が相対的貧困に陥る可能性があると思います。しかも、この流れは技術革新が生み出しているのですから、止めるのは非常に難しいと言わざるをえません。ヒューズ氏は、仕事はあっても不安定な生活を強いられている人々の救済策として、自らを含む超富裕層の増税を原資に、使途自由な一定金額を給付する「保証所得」制度の構築を提案しています。日本でも参考にすべきではないでしょうか。10%を超える消費税の引き上げに財源を求めるのは、低所得層の負担感が強まる、いわゆる逆進性を考慮すると今後は難しいのでないかと思うからです。
(2019年4月26日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか