時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

このタイトルを見て大部分の方は、なんのことか、と思われるでしょう。経済記者だった筆者にとって平成時代は、戦後の高度成長を支えた行政主導型経済システムが崩れ去ってゆく姿と重なるのですが、その最初の兆候が表れたのが、行政の中心だった大蔵省(現財務省・金融庁)の「住専問題」への対応だったと思います。

住専というのは、不動産会社および個人向けの住宅融資を専門に扱っていた金融機関のことです。この住専は、住宅を対象とした融資を行うのですが、銀行のように預金ではなく銀行などからの借り入れを原資にしていたのでノンバンクといわれていました。多くが銀行の子会社だったのです。土地投機につながる、行き過ぎた不動産融資に世間の目が厳しくなっていた1970年代以降に、銀行の“隠れ蓑”として設立されたのです。

それでは「住専問題」とはなんだったのでしょうか。簡単にいえばこうです。70、80年代の土地ブームのもとで住専は不動産向け融資を急激に拡大しました。しかし、行き過ぎた土地バブルは株のバブルと同様に破裂し、90年代初めに地価が暴落を始めました。当然のことですが、住専が融資した資金は回収不能の債権(不良債権)となり、住専の経営が行き詰まったのです。しかし、それがなぜ大きな問題だったのでしょうか。当時、入手した資料や取材メモをもとに記しておきたいと思います。

1995年に政府がまとめた「住専問題の処理方策について」という内部文書に「(住専の不良債権問題は、)わが国金融システムの安定性とそれに対する内外からの信頼を確保し、預金者保護に資するとともに、わが国経済を本格的な回復軌道に乗せるためにも、その早期解決がぜひとも必要である」という表現があります。つまり、住専問題は単に住専の経営問題ではなく、日本の金融システムをも揺さぶりかねない、大問題として受け止められていたのです。

この文書には、住専7社の回収不能な不良債権にかかわる損失合計は6兆4,100億円で、その損失額を住専の出資母体の金融機関が大部分負担するが、それだけで足りない分、6,800億円を政府、つまり国民の税金で補填する、ことが明記されています。この税金による負担は、国会での大論争を経て1996年度予算に計上されて決着しました。

この住専問題は、「失敗の時代」とか「敗北の時代」といわれる平成の経済停滞の元凶となった大銀行を中心にした不良債権問題の先駆けとなったのですが、大蔵省は住専7社について1991年から92年の段階で経営状況調査を行い、問題の深刻さを正確に認識していたのです。筆者の手元に「住宅金融専門会社7社に関する平成7年8月調査結果」と題する大蔵省の内部資料がありますが、住専最大手の一つ、日本住宅金融の不良債権に分類される債権は1992年調査では約6,600億円だったが、95年調査では1兆4,000億円余りに達し、全貸付額の74%に達していると記載されています。

バブルがはじけた当初の段階で大蔵省は問題を認識し、ことの重大さに気が付いていたのですが、わたしたち報道関係者に正しい情報は伝えられませんでした。なぜなのか。問題が表面化したあとですが、大蔵省で直接指揮に当たった担当者は、次のように振り返っていました。

  1. 大蔵省の権限は強大だが、すべて省内で処理できた。したがって透明性をもって議会や国民と対話する空気がなかった。
  2. 今回の件では農林系金融機関も絡んでいて政治的な調整に手間取った。
  3. 「地価はいずれ戻る」というこれまでの成功体験にひきずられた。

「大蔵省統制」とまで表現された大蔵省も時代の変化についていけなくなったことを示しています。こうして対応が遅れたツケを国民が負ったことで住専問題は決着したのですが、官主導による戦後システムに君臨した大蔵省の閉鎖的な体質は、都市銀行全体を襲った本格的な不良債権問題の処理の過程でも大きく災いしました。「経営に失敗した銀行のツケを国民に回すのか」という声を恐れて対応が遅れたのです。90年代後半の「橋本行革」(橋本龍太郎内閣による行政改革)によって大蔵省は財務省と金融庁に分割されました。前回述べましたように、不良債権問題の処理に実に10年が費やされました。大蔵省の失敗の対価はあまりにも大きかったと思います。
(2019年3月29日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか