朝日新聞の10月11日付朝刊の「耕論」という欄で、「いまなぜ反緊縮」という記事が載っていました。気になったので紹介しましょう。
いまや大方の常識となったと思いますが、日本の財政状況は世界最悪(先進国で最悪)です。このことを熱心に国民に説い続けている財務省の資料によりますと、政府の長期債務残高のGDP(国内総生産)に対する比率は、今年度当初予算ベースで236.6%です。国民が日本国内で稼ぐ1年間の所得の総合計の2.4倍なのです。2016年の数値で各国比較(健全性の順、つまり数値が小さい順に並べる)をしますと、世界で188位(IMF”World Economic Outlook”)となっています。間違いなく日本の財政の健全性は世界最悪といってよいでしょう。
このような状況を踏まえて専門家の多数派は、「財政破綻のリスク」を指摘し、財政再建を強力に推進すべし、と主張してきているのです。これに対し、それは間違いだ、いまこそ必要な分野に思い切って財政資金を投入すべきだ、とする運動が注目され始めています。「耕論」のテーマとなった「薔薇マークキャンペーン」です。
公表されている「薔薇マークキャンペーン趣意書」によりますと、この運動の背景、政策提言はおおむねつぎのようなものです。
背景
- 大企業は空前の利益をあげているのに、経済の現状は個人消費は伸び悩み、デフレからの脱却も実現していない。
- 選挙になっても「投票したい選択肢」がない。
政策提言(下記の「薔薇マーク」認定基準)
- 消費税10%増税の凍結
- 人々の生活健全化を第一に、社会保障や教育、防災へ思い切った財政投入
- 大企業・富裕層の課税強化
- 最低賃金引上げ、労働基準強化
運動方法
- 政党を問わず、以上の「反緊縮の経済政策」を打ち出す立候補予定者個人に「薔薇マーク」を認定
- 経済政策以外では認定しない
この運動をリードする立命館大学経済学部の松尾匡教授は「「元栓」を開いて、世の中を循環するお金の量を増やす」と表現しています。このキャンペーンは統一地方選(4月)、参院選(7月)をターゲットに2019年1月に立ち上げたということです。
薔薇マークの認定基準はそれほど見当外れではありません。財政再建を重視する筆者も「消費税増税凍結」を除けば賛成です。ただ多くの野党と同様に、財源の裏付けがいかにも乏しいのです。多分、国債の市場利回りが10年物くらいまでマイナスという現状に照らせば、政府はまだ借金を増やせるとみているのかもしれません。「長期金利<名目成長率」ということになり、国債残高の対GDP比は上昇しないからです。
そんなことより薔薇マークキャンぺーンを取り上げた朝日新聞の記事で筆者が注目したのは、若い大学院生が「この運動が「財政の健全化」ではなく、「人々の健全化」を訴えている」「政権への異議申し立てではなく、自分たちがどんな社会をつくりたいのかを具体的に訴える側面が大きい」とこの運動に賛意を表していることです。
1980年前後から、民間の自由な経済活動を重視し「小さな政府」を主張する政党が主要先進国で政権の座につきました。アメリカのレーガン政権、イギリスのサッチャー政権、西ドイツのコール政権、日本の中曽根政権などです。日本では80年代後半の橋本政権、2000年代初頭の小泉政権とこの流れが続きました。どの国も高齢化を背景に財政が悪化したからです。しかし、それから40年近くが経過し、世界的に「緊縮疲れ」が表面化しているようにみえます。緊縮、緊縮では次代をになう若者は夢を持ちにくい、ということでしょう。難しい問題です。
(2019年10月17日記)
【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。
<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか