時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

いま世界のどの政府も新型コロナウイルスへの対応に膨大な財政支出を強いられています。その財源をどこから生み出すのか。これはいま現在、各国政府が抱える最大の難題だといえましょう。この点で注目したいのは、4月5日にアメリカのイエレン財務長官が行った演説です。彼女は「法人税の引き下げが税収基盤の縮小を招くような競争は終わらせたい」として「法人税の最低税率に関する国際的ルールを定めるべきだ」と述べました。

アメリカのバイデン大統領は、4年間で2兆ドルを地球温暖化防止など4環境対策に投入する計画です。このような巨額支出を賄うために富裕層や巨大IT企業への課税強化を計画していますが、イエレン発言もこうした流れに沿ったものだと考えられます。

法人税の最低税率を国際的ルールとして導入しようという考え方は、OECD(経済開発協力機構)の場で以前から議論されています。OECDは2019年11月に、法人税最低税率設定のための論点整理を行っていて、2020年までに最終合意を目指していたのです。というのも、1980年代以降、多くの国が海外企業を多数誘致することを目的に法人税率の引き下げに走ったからです。この現象をイエレン財務長官は「底辺への競争」と批判しています。

日本も例外ではありません。安倍晋三政権のもとで法人税の実効税率は、国と地方の合計で34.6%(2014年度)から29.7%(2018年度)へと大幅に引き下げられました。「法人税減税・消費税増税」が税制改革の基本路線だったのです。財政事情から法人税減税を避けたいと思っても、企業誘致を巡って海外と競争している以上、不可能だったのです。

しかし、このイエレン発言は、コロナ禍で事態が大きく転換する可能性があることを示しているように思います。G20(主要20カ国・地域 財務相・中央銀行総裁会議)で、今年の7月までに、法人税最低税率の導入や巨大IT企業への課税強化など、国際課税の新たなルールを設定することについての合意を得ようという流れになっているからです。これが実現すれば、「財政再建待ったなし。されど打つ手なし」と表現せざるをえない日本の財政当局にとって、願ってもない朗報といえましょう。

1月の当欄でふれましたように、日本の台所事情はまことに寂しい状況にあります。国の2020年度一般会計は、コロナ対応の財政支出が大幅に増えたため、2度にわたって補正予算が組まれ、歳出総額は160兆円超に膨らみました。2019年度当初予算は、100兆円でしたから、実に6割も増加したことになります。歳入はコロナ不況で税収が落ち込みましたから、財務省の計算では、一般会計の公債依存度は56.3%と歳入(収入)の過半は国債という借金に頼る姿になっています。この結果、国と地方の長期債務残高は今年度末にGDP(国内総生産)の217%に達すると財務省は推計しています。企業を含めて国民が稼ぐ所得をすべて政府の借金の返済に回しても、2年では返しきれないという、途方もない金額なのです。

法人税の引き下げ競争に歯止めがかかれば財政再建の前途はやや明るくなりますが、それで十分とはとてもいえません。そこで最近、東日本大震災からの復興資金に充てるために設定された「復興特別所得税」のような期間を定めた特別税を新設したらどうか、という声が出てきています。

2013年から25年間の時限措置として設定されている現在の復興特別所得税は、特別税課税前の個人所得税(源泉徴収税)合計に2.1%を乗じた金額となっています。これによって年間4,000億円前後の税収増となっています。この特別税は2.1%という定率課税ですから、所得水準が上がる(所得税額が増える)につれて税収は増えます。消費税のように逆進性の問題は発生しないと考えてよいでしょう。一考に値すると思います。
(2021年4月27日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか