時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

3月18日、19日の2日間、アメリカ・アラスカ州のアンカレジで、バイデン新大統領のアメリカと中国の外交トップによるはじめての会談が行われたことは、会談の冒頭、両国代表が互いに激しくののしりあった様子がテレビで報道されたので記憶に新しいと思います。

まずアメリカ側が、ウイグル人への迫害や、香港、台湾への強圧的な態度など、最近の中国の行動に懸念を表明し、「中国は世界の秩序を脅かしている」と発言したのです。これに中国の代表が、人種差別問題など分断が激化し、政府への国民の信頼が失われているアメリカがそんなことをいう資格はない、と大声で応酬したのです。そのうえで「中国には中国式の民主主義がある」と従来の主張を展開しました。

この会談をマスメディアの多くは「国家観の対立」という構図でとらえました。経済問題が中心だったトランプ政権時代の米中関係とは異なる新たな次元に突入したというのです。そこで思い出したのですが、ニクソン大統領時代に米中国交回復を成功に導いたヘンリー・キッシンジャー元国務長官が「キッシンジャー回想録 中国」で次のように書いていました。
——中国の皇帝やエリートたちは、中国は特別であり、いくつかある文明の中での「偉大な文明」なのではなく「中国が文明そのものなのだ」と考えてきた。

このような考え方、価値観からすれば、外国の使節が中国の宮廷に訪れるのは、交渉のためではなく、皇帝を敬い、感化されるために来ることを意味していたのです。海外に使節を送る時は、外交官ではなく、畏れ多くも「天の使い」として遣わされたのです。

実際、外交使節の「叩頭」をめぐって歴史上有名な事件があります。1793年から翌年にかけて、大英帝国が国王の使節として大型訪中団を派遣しました。自由貿易と対等な外交関係の樹立が目的でした。当時のイギリスは産業革命によって工業化が進んでいましたから、使節団は中国皇帝(康熙帝)への贈り物として大砲をはじめさまざまな工業製品や腕時計など貴重な品物をたくさん送りこんだということです。

しかし、使節団の団長であったマカートニー卿の皇帝への謁見は、数カ月待っても許されなかったのです。皇帝の前では頭を床にこすりつける叩頭の礼をとることが要求されていました。マカートニー卿はこれに抵抗したのです。結局、英国流の片膝をつくことで折り合いがついたのですが、当日、皇帝は現れず、ゼロ回答の書簡のみが役人から手渡されたのでした。

今回の米中会談での中国側代表の発言に、「世界は中国文明の恩恵を受けるべき対象に過ぎない」という「中華思想」の匂いをかぎとったのは筆者だけでしょうか。今回の会談に際して、アメリカは中国の臣下のような態度で臨むべきだったということになるのもかもしれません。

世界のGDP(国内総生産)の推移を推計したアンガス・マディソン教授によりますと、1820年時点の世界のGDPの60%は中国を主体にしたアジアで生み出されていたということです。イギリスを含む西ヨーロッパはわずか23%に過ぎませんでした。少なくとも19世紀初頭まで、中国は文明の盟主であると同時に世界で最も豊かな経済大国だったわけです。その後、アヘン戦争を経て国力が低下していったのですが、21世紀に入って再び経済大国として急速に復活してきました。

中国共産党は、昨年10月末に開いた中央委員会全体会議(中全会)で、「2035年までにGDPの総額と一人当たりGDPを2倍にし、中等先進国に到達する」という目標を掲げ、この3月に開催された全国人民代表大会(全人代)で確認されました。専門家の間では中国のGDPは2030年までにアメリカを追い抜く、という見方も有力になっています。筆者はもう少し厳しめにみていますが、中国が、国力、軍事力、科学技術力のいずれの面でも、「強国」になりつつあることは間違いないでしょう。習近平国家主席は、共産党による中国建国100周年に当たる2049年には「社会主義現代化強国」を実現するという方針を立てています。

「中国式民主主義」という独特な国家観がますます強固に打ち出される可能性があると思われます。
(2021年3月26日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか