時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

最近、発展の著しい行動経済学、実験経済学、あるいは社会心理学と呼ばれる分野で「日本人はアメリカ人などと比べて意地悪である」という見方が有力になっているようです。なぜでしょうか。数年前に大阪大学社会経済研究所主宰のシンポジウムで「独裁者ゲーム」という実験方法を利用した研究報告がありました。それによりますと、日本人は、自分が損をしてでも相手の足を引っ張る、根っからの意地悪だ、という実験結果が得られたというのです。

「独裁者ゲーム」という実験では次のような仕掛けをします。友人と2人で同じ店でアルバイトをするとします。そのペアには例えば合計2,000円のアルバイト代金が支払われるとしましょう。その分配方法はこうです。どちらか一人が独裁者となって取り分を勝手に決める権利を持ち、他は「分配される人」になります。さてどちらの役割を選ぶでしょうか。アメリカ人と比べると、日本人は独裁者ではなく「分配される」方を選ぶ人が多いというのです。

次の実験。やはり2人でペアを組んでもらいます。決定権はあなたにあります。あなたは次のAという店とBという店のどちらの店で働きますか。
A店:あなたに1,000円、相手にも1,000円支払う。
B店:あなたに980円、相手に700円支払う。
日本人はB店を選ぶ割合が高い、という結果が出るそうです。

ここから日本人の行動特性を導くと次のようになるのではないでしょうか。
まず日本人は、独裁者になりたがらない、という点。独裁者になり、自分が勝手に分けることには責任が伴います。日本人は責任をとりたがらない、ということです。第2の実験でB店を選ぶということは「相手の不幸を喜ぶ」ということに通じます。意地悪な日本人。あまり言われたくない性格です。

このような各種の実験から、日本人はアメリカ人のように「私は私。相手は相手」とは考えず、常に回りの目を気にしながら意思決定する。つまり「自立心に乏しい」「自己責任で行動するのを嫌がる」「用心深く自己防衛的」というのが日本人の特性として浮かび上がるようです。ここから、このところしばしば指摘される日本社会の「同調圧力」、つまり日本の社会には多数派の意見や行動に従わざるを得ない空気があるということも説明できると思います。

つい最近、大分県の地方裁判所が、同県宇佐市にUターンした男性が、集落の住民から「村八分」の扱いを受けたとして集落の区長など責任者に慰謝料を請求した訴訟で、賠償を命ずる判決を言い渡したと報じられました。仲間と異なる行動をとったり、意見を述べたりする人を異端者として排除する、というのはまさに日本人の特性で説明できそうです。

もう一つ。SNSで根拠のない誹謗中傷が繰り返され、ついに対象となった人物が自殺するという事件がありました。匿名で言いたい放題、というのは実に陰湿で卑怯な行為です。他人の足を引っ張る、出る杭をたたく、典型例といえましょう。

以上で言及してきた日本人の行動特性は、日本の経済社会のありかたを構想するうえできわめて重要です。日本人は社会的、公共的な課題より目先の自分の利害に目が行きがちで、長期的、戦略的な発想に欠けるのではないでしょうか。新型コロナワクチンの開発の遅れや接種体制の不備の根本原因もここにあるように思います。いまから150年前、福沢諭吉は、国民一人ひとりが知的レベルを高め、他人に頼らず「一身独立」の気概を持たなければ、国の独立も危うい、と説きました。しかし、文明は進化し経済は発展しても人々の心のありようは牢固として変わらない、という現実をわたしたちは率直に受け止めるべきでしょう。
(2021年5月31日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか