時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

2012年12月に現在の安倍晋三内閣が発足したのですが、翌2013年4月に黒田東彦氏が日銀総裁に就任し、現在に至っています。就任時の記者会見で、黒田総裁は一連の金融緩和政策の導入を発表しました。主軸は「デフレ脱却」を目指して(1)消費者物価上昇率が安定的に前年比2%になるまで緩和政策を継続する(2)金融緩和政策の操作目標をそれまでの無担保コール翌日物金利からマネタリーベース(日銀当座預金と通貨発行残高)に切り替える(3)マネタリーベースを2年間倍増のペースで増やし続ける—というものでした。
この会見で黒田総裁は「これまでとは次元の違う金融緩和です」と言いました。

それから7年。消費者物価上昇率は1%に届かないままで推移し、「異次元緩和」も継続しています。最近の新聞報道によりますと、新任日銀審議委員の人選は、リフレ派、つまり異次元緩和推進派を中心に進められているようです。このように長期にわたって異次元緩和というカンフル剤が投入されて続けて問題は起こらないのでしょうか。

超金融緩和政策はアメリカで緩やかに修正する動きがみられますが、2008年のリーマン・ショックが引き金を引いた世界同時不況以来、先進国でほぼ足並みをそろえて実施されています。そこで世界でどんな議論が行われているのか、最近のニューヨーク・タイムズの記事を中心に整理してみました。

もっとも注目され、かつ懸念されているのは、当然といえば当然なのですが、超低金利で借りやすくなったことに伴う債務の膨張です。IIF(The Institute of International Finance)によりますと、世界の債務残高(政府、企業、消費者の全債務残高)は、昨年9月末で昨年初より9%増加し、253兆ドルという天文学的金額に達したということです。これはGDP(国内総生産)の322%に当たります。このうち日本やアメリカなど先進国の債務残高が7割以上を占め、GDP比は383%です。

またIMF統計でみますと、日本、アメリカ、ドイツと中国、インド、ブラジルの主要6か国で2020年に19兆ドルが償還期限を迎えることになっています。どこかで償還が滞る、いわゆるデフォルト(債務不履行)が発生すれば連鎖反応を起こす可能性があるわけで、そうなれば世界恐慌に発展する可能性も否定できません。1月20日付のニューヨーク・タイムズ(国際版)は、「レッドラインに近づいている」と指摘しています。

違う視点で懸念されているのは、超低金利で、本来は倒産するはずのいわゆるゾンビ企業の増加です。2008年恐慌以降の超金融緩和政策によって経済構造に大きなマイナスの変化が生じているといわれています。ゾンビ企業の温存に象徴される「創造的破壊」の停滞です。景気変動によって生産性の低い企業がつぶれ、新興企業がそれに代わることによって経済成長が達成されるというのがシュンペーター博士の「創造的破壊」の考え方です。ところが現在のように超低金利の継続で生産性の低い旧来型企業が生き残ると経済の活力が失われ、技術革新も停滞します。アメリカの株式公開企業のうち16%はゾンビ会社で、この比率は1980年代を2%ポイント上回っているという指摘もあります。この裏でスタートアップ企業は減少しているというのです。

IMFによりますと、世界200カ国で、昨年、マイナス成長だった国はわずかに7%でこれまでの平均の半分です。IMFは今年は3%に減るだろうと推計しています。つまり世界的な超金融緩和政策によって成長は維持されているのです。しかし成長率は確実に低下しているのです。リーマン・ショック以降の世界経済の実質成長率はほぼ3%、アメリカは2%ですが、これは戦後平均よりいずれも1%ポイント下回る水準です。日本も同様です。
日本も異次元緩和政策の転換を考える時期に来ているのではないかと思います。
(2020年1月29日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか