時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

新型コロナウイルス感染症の世界的拡大のスピードには驚かされます。報道によると3月30日までのわずか3日で世界の感染者が50万人から74万人に増えたということです。この間、アメリカの感染者数は14万人を超え、中国を上回りました。3月末時点ではまだ出ていませんが、日本も政府が「緊急事態宣言」を発するかどうか、瀬戸際に追い詰められている状況です。

この新型コロナウイルスのパンデミックに関連して、ニューヨーク・タイムズ国際版が100年前に世界を震撼させたスペイン風邪当時と比較した興味ある記事を載せていましたので紹介します。この記事に気が付いたのは、同紙の3月19日と23日に全く同じ写真がいずれも大きく掲載されていたからです。同じ新聞で同じ写真が時を経ずして掲載されたので驚いたのです。筆者も内容も違うのですが、使用した100年前の写真は同じだったというわけです。

この写真はスペイン風邪が猛威を振るっていた1918年10月、アメリカ・セントルイスの赤十字の女性看護師が患者を運ぶ担架を持って救急車のそばで隊列を作っている姿を映したものです。23日付の写真には「第1次世界大戦とパンデミックが並行して進行していた」というキャプションが付いていました。

19日付の記事によりますと、スペイン風邪といわれた新型インフルエンザによって世界で5,000万人から1億人(現在の人口規模に引き直すと2億2,000万人から4億3,000万人)が死亡しました。なお日本国民も数十万人が死亡したといわれています。

これらの記事で明らかにされているのは、当時もいまも、政府は当初は事態を楽観的に見ようとして政権に都合の良い情報しか出したがらない傾向があるということです。その結果、本格的な対応が遅れ、パンデミックを招いてしまう、というのです。19日の記事によりますと、1918年のサンフランシスコは例外だったといいます。サンフランシスコでは政治のリーダーが真実を告げ、市長と産業界、医療専門家が協力し合って市民に「マスクをつけて命を守ろう」と呼びかけたといいます。市民もそれを信頼し呼びかけにこたえたということです。

社会に信頼関係があって初めて感染症の危機に立ち向かえるということでしょう。トランプ大統領は、当初、今回の事態を甘く見ていた、あるいは甘く見ようとしていたといわれています。そうであれば国民も事態を甘く見るはずです。アメリカの感染者の急増ぶりにそのことが表れているのかもしれません。

国民一人ひとりが「自分の危機」として身を守る覚悟をし、行動に移さなければ、今回のような強大な感染症には勝てません。「森友問題」が再び世を騒がせている安倍政権の信頼度はどうなのでしょうか。政府の「自粛要請」を国民がどれだけ真剣に受け止められるのか。日本も大きな岐路にあると思われます。
(2020年3月31日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか