時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

国際通貨基金(IMF)が6月24日、4月14日に発表した「世界経済見通し」の改定見通しを公表しました。前回の見通しの記者発表の席で担当者が「この3カ月で世界は劇的に変わった」と述べて、新型コロナウイルス・パンデミックの経済的打撃の大きさを印象付けました。
もっとも権威のあるIMFの世界経済見通しは3カ月ごとに公表されることになっています。だから世界経済の劇的変化を明らかにした4月見通しの改定は7月に行われるとみていたのですが、その後の変化が激しいために、今回は改定を急いだのではないかと思います。記者発表文の表現も「類例のない危機」とさらに危機感を強める方向に変わっています。

それもそのはずです。パンデミック前の1月見通しでは、2020年の世界経済は3.3%(実質)と日本も含め順調に成長軌道を歩むとみていたのです。ところが4月見通しでは、プラス成長どころか、戦後最悪の3.0%の大幅マイナス成長に落ち込むという予測に変えたのです。それが今回、さらに2020年の成長率見通しを、マイナス4.9%に大幅下方修正したのです。ちなみに日本の成長率はマイナス5.8%(4月見通しはマイナス5.2%)、アメリカはマイナス8.0%(同マイナス5.9%)とマイナス幅を拡大する見通しになっています。

しかもこの見通しもIMFも認めているようにこれまでにない「不確実性」があります。パンデミックがいつ収束するのか、ワクチンの開発時期を含めて実際にはほとんど予測不能だからです。IMFは今回の見通しで、2021年の世界経済の成長率をプラス5.4%とみていますが、感染第2波が発生すればほぼゼロ成長にまで下振れするというリスクシナリオを提示しています。

日本経済も戦後最大の不況に陥ると覚悟しておくべきでしょう。回復には少なくとも数年かかるかもしれません。当時は「100年に1度」といわれたリーマンショック(2008年9月に世界最大規模の投資銀行だったアメリカのリーマン・ブラザーズが突然倒産したことから発生した世界金融危機)からの回復にほぼ5年を要しました。

しかし、歴史をみれば明らかなように、経済は不況と好況を繰り返してきているのです。これに関連したエピソードを一つ。1990年代、クリントン大統領の時代、アメリカ経済は長期にわたって景気拡大を続けました。当時、インターネットが普及し、IT(情報技術)革新が進展していたことから、「アメリカ経済はニュー・エコノミーの時代に入った」(2001年「大統領経済報告」)といわれ、「景気循環は消えた。不況はもう来ない」という議論も行われていました。それに対し、当時、気鋭の経済学者で後にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授が、ニューヨーク・タイムズでの書評欄だったと思いますが、「経済はなぜか循環する。だから必ず不況はやってくる」と書いていたのが大変、印象に残っています。事実、1991年4月に始まったアメリカの景気拡大はちょうど10年続いて2001年3月に終わりました。

実はアメリカの景気拡大はクリントン時代の10年間が戦後最長だったのですが、リーマンショック終息後に始まった景気拡大は128カ月と記録を塗り替え、この2月にピークを打って終了しました。日本経済もリーマンショック後、成長率が低く、「実感が湧かない」といわれながら、戦後最長を記録して2月に終了したのではないか、とみられています。まだ正式な発表はありませんが、2月終了なら87カ月ということになります。記録更新を続けた日米の景気拡大もコロナショックの直前に終了したというわけです。

これからの不況は深さと長さの両面でこれまでの記録を大幅に塗り替える規模になる可能性が高いわけですが、必ず不況は終わるのです。次回は「その後にどう備えるべきか」について考えてみましょう。 
(2020年6月26日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか