時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

政府が7月17日、「まち・ひと・しごと創生基本方針2020」を閣議で決めました。主要マスメディアで報道されたので気がついた方も多いと思います。ちょっと変わった名前の政府方針ですが、地方の活性化(地方創生)を掲げる安倍政権の目玉政策の一つです。そこではテレワークの普及促進などデジタル技術を活用して「新たな日常」「新しい生活様式」に対応した地域経済を構築することがうたわれています。

人口や経済の「東京一極集中」という戦後一貫して続いてきたメガトレンドを是正しようと、「均衡ある発展」をスローガンに、政府はこれまでさまざまな施策を打ってきました。しかしその成果はほとんどまったく上がらなかった、といってよいでしょう。新型コロナウイルスの世界的蔓延を奇禍として、今後は変わってゆくのでしょうか。

東京への人口移動は明治からずっと続いているのですが、とりわけ戦後復興期から高度成長期(1950年代-1960年代)に急速に進みました。総務省「住民基本台帳人口移動報告」によりますと、東京圏(東京都および神奈川、千葉、埼玉3県)への転入超過数(転入-転出)は、1962年が最多で38.8万人、その後、漸減に転じ高度成長期が終了したとされる1970年代初頭にゼロに近づきました。その後もわずかながら転入超過が続いていたのですが、バブル崩壊後の1994年に転出超過となりました。
しかし、その後は再び転入増加に転じ、2019年は14.6万人の転入超過を記録しています。このように戦後ほぼ一貫して東京圏への人口移動が続いた結果、2020年6月時点の東京都の人口は1,399万人、東京圏の人口は3,661万人に達しました。東京圏に日本の全人口の30%近くが集まっていることになります。

なぜ東京に人が集まり続けるのでしょうか。しばしば指摘されることですが、明治以降、日本の統治の仕組みが中央政府に権限が集中する中央集権体制であることが基本にあると考えられます。「国が中心で地方が従」というのが日本の行政のカタチなのです。富国強兵を国是としたからです。この体制は現在も変わりません。例えば国(中央政府)と地方政府の支出(歳出)の60%は地方政府が担っているのですが、その原資である国民の税金(歳入)の60%は国が集めているのです。つまり「国が集めて地方に回す」、換言すれば「国が地方を援助する」仕組みになっているのです。こうしてカネも権限も国に集中し、国の機関が集まる東京に集中するということになったのです。
行政の権限が東京に集まれば当然のことながら民間企業も東京に集まってきます。こうして仕事を求め、情報を求めて東京に人が集まるのです。さらに人が集まれば集まるほどますます人が集まるというメカニズムが働くようになります。

人が集まっていること自体が東京の魅力の源泉なのです。まさに密集、密接によって経済活動、社会活動、芸術活動などあらゆる分野に圧倒的な多様性が生まれ、多彩な情報が集まり、それが人々を惹きつけるのです。

前衛的な劇団「天井桟敷」を主宰していた歌人、詩人、劇作家の寺山修司が、次のように書いているのを最近知りました。
「その頃から(12歳の頃)、私は「東京」ということばを聞くと胸が躍るようになった。——わたしは人知れず「東京」という字を落書きするようになった。東京東京東京——」(寺山修司「誰か故郷を想はざる」)。
この中で「東京」という言葉が実に35回繰り返されるのです。青森で幸せとはいえない少年時代を過ごしていた寺山少年の、「夢の大都会「東京」」への切ない思いが痛いように伝わってきて、読んでいて思わず涙が出ました。こうした若者の憧れが、東京への人口集中の起爆剤になったと考えられます。

政府の資料をもとに最近の東京圏への人口移動の特徴を挙げると次のようになります。

  1. 女性の転入超過数が一貫して男性を上回っている
  2. 京阪神や名古屋などの大都市圏からも東京圏へ人口が移動している
  3. 金融、情報、各種サービスが東京圏での主要就業先となっている

東京の魅力はますます高まっているようにみえます。

新型コロナウイルス・パンデミックで3密回避が至上命題としていわれ、テレワークやオンライン授業も浸透してきました。しかし一方で、実際に顔を突き合わせることの大切さも切実にわかってきたように思います。集まりたいという人間本来の欲望も基本的には変わらないのではないかと思います。東京の「引力」はコロナ後も弱まることはないようにみえます。とすれば東京一極集中の問題点も引き続き残ることになります。
(2020年7月26日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか