時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

10月末に中国共産党の中央委員会全体会議(中全会)が開かれ、25年ぶりに2035年を目標年にした長期計画が策定されました。主要目標は(1)2035年までにGDP(国内総生産)の総額と一人当たりGDPを2倍にし、中等先進国に到達する (2)世界トップレベルのイノベーション先進国となる (3)国防と軍隊の現代化を基本的に実現する——の3点です。2021年~2025年の経済運営目標である「第14次5カ年計画」も決定されていますが、経済成長率など具体的な数値目標は、来年3月に予定されている全国人民代表大会(全人代)で決定されるということです。注目すべきいくつかのポイントを挙げてみましょう。

まず5カ年計画に加えて長期計画を策定したことそれ自体です。専門家の多くは、習近平氏が従来の国家主席の任期(2期10年)を超えて政権を担う意思を示したのではないか、とみているようです。というのも5年に1度の共産党大会は2022年に開催され、そこで習主席は2期目の任期を迎えるからです。その布石はすでに打ってあります。2018年3月に開かれた全人代(日本の国会)で、「国家主席の任期を2期10年までとする規制を撤廃する憲法改正案を採択した」と新華社が発表しているのです。これによって国家主席の任期は無制限となり、習近平終身主席もありうるということになりました。

次に2035年までにGDPを2倍にし中等先進国になるという長期計画の経済目標です。この目標が実現すれば、2035年のGDPはアメリカに迫る水準になります。習政権は共産党による中国建国後100周年(2049年)には「社会主義現代化強国」を実現しているという大目標を立てています。2035年はその中間年ということになりますが、2035年までにGDPを2倍にするということは、年率平均4.7%で今後15年間にわたって成長を持続するという計算になります。

中国の経済成長率は昨年までの数年は6%台で推移しています。10%を超えるのが通常だったそれまでに対して、新たな成長段階の「新常態」の成長率であると、中国当局は説明してきています。IMF(国際通貨基金)が10月に発表した「世界経済見通し」によりますと、新型コロナショックで今年の中国の成長率は1.9%に落ち込みます。それでも日本(マイナス5.3%)、アメリカ(マイナス4.3%)、ユーロ圏(マイナス8.3%)と軒並みマイナス成長となる見通しである中で、プラス成長を維持するということは特筆すべきだと思います。しかし、その後、長期にわたって5%近くの成長を持続できるのでしょうか。

開発経済学の分野で「中所得国(中進国)の罠」ということが言われています。一人当たりGDPが1万ドルを超えて2万ドルに到達する国は極めて少ない、というのです。1万ドルを超えたあたりから人々の豊かな生活への意欲が低下し、生産性の上昇が鈍化するからです。世界銀行によりますと、中国の一人当たりGDPは2019年でほぼ1万ドル(10,522ドル)です。ちなみに日本は40,256ドル、アメリカ65,254ドルです。習近平指導部はこの罠を突破するという目標を掲げているのですが、ハードルはかなり高いのではないかと思います。

最大の壁は急速に進行する人口の少子高齢化です。中国は10年に1度、国勢調査を行いますが、これをもとに算出した合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むと想定される子供の数)は、2010年には1.181と少子化に苦しむ日本(2019年は1.36)を大幅に下回っています。2000年は1.218でした。一人っ子政策は2015年に事実上廃止されたにもかかわらず出生率は上がるどころか顕著に低下傾向にあるのです。所得水準の上昇によって女性の高学歴化が進んだことなどが原因とみられています。労働力人口はすでに2012年から減少に転じているという統計もあり、これらが経済成長の足かせとなることは間違いないと思われます。

高齢化が進めば社会保障関連費が確実に増加します。昨年5月の本欄で触れましたが、中国の社会保障関連費(教育、医療、年金)は2007年にはGDPの6.3%でしたが、2016年には11.6%と倍増しています。国防費よりも速いスピードで膨張しているのです。中国の前途はかなり厳しいと見るべきではないでしょうか。
(2020年11月27日記)


内田茂男常学校法人千葉学園理事長

【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか