政府は毎年1月と7月の2回、国の台所事情を展望する「中長期の経済財政に関する試算」を発表します。今年最初の試算が1月21日に公表されました。政府の財政再建目標は、小泉純一郎政権で現在のかたちに定められたのですが、それ以来ほぼ20年、目標は“逃げ水”のように逃げ続け、一度も達成されていません。今回の試算をみると、“逃げ水”はますます遠のき、政府はもはや追いつこうとする気概さえなくなったのではないか、とさえ思わせます。数字が出てきますので読みにくいかもしれませんが、大事なことなので、以下、少し詳しく説明しようと思います。
発表された試算によりますと、政府が財政再建の目安としている「国と地方の基礎的財政収支(PB=プライマリー・バランス:政策経費を国債などの借金に頼らず税収でどれだけまかなえるかを表す指標)」は、政府が目指す「成長実現ケース」で、2025年度に7.3兆円の赤字(GDP比のマイナス1.1%)となり、黒字になるのは2029年度になる、ということです。それまでは政府の借金は増え続けることになります。
政府は2018年の「新経済・財政再生計画」で、「経済再生なくして財政健全化なし」という基本方針のもとで、デフレ脱却・経済再生、歳出改革・歳入改革を進め、2025年度にPBの黒字化を目指す、という大方針を掲げました。しかし、今回の試算では黒字化は大幅に遅れることを示しています。しかも、その前提が大いに問題なのです。この「成長実現ケース」では、中長期の経済成長率を名目で年率3%、実質2%程度と見込んでいることです。成長率が高ければ税収が増えますから財政収支は改善します。しかし、想定のような成長が実現するとはとても考えられません。この10年間で名目成長率が3%を超えたのは2015年のみ(3.7%)で、安倍前政権7年間の平均成長率は1.65%に過ぎません。いかに試算の前提が現実離れしているかがおわかりと思います。
それだけではありません。政府はいまだに「2025年度黒字化」の目標を変えていないのです。厳しい現実に目をつぶり、国民に真実を伝える責務を放棄しているといわざるをえません。
バブルが崩壊したのが30年前。以来、日本経済は長期停滞を続け、「失われた30年」ともいわれるようにいまだにそこから脱け出せないでいます。この間、先進国でもっとも速いスピードで高齢化が進行しました。その結果、高齢者の社会保障経費が増加し続け、政府の台所事情は急速に悪化しています。成長減速で政府の財源である税収が増えず、一方で社会保障費用が増えるのですから、政府の台所は火の車となるわけです。政府の財政事情は久しく先進国で最悪となっていることはご存じの通りです。
そこへ昨年初頭に突然、新型コロナウイルスが世界を襲いました。コロナ禍でモノの流通も人々の往来も遮断され、日本はもちろん、世界経済は1930年代の大恐慌(the Great Depression)以来の大不況に陥りました。このため政府は、感染症対策、失業者・休業者対策、企業支援対策など緊急の財政支援に追われました。コロナ対応のために3度の補正予算が組まれたことから今年度の政府の歳出(支出)は約175兆円にふくらむ見通しです。当初予算では約102兆円でしたから73兆円、実に70%も増えることになります。
国民の生死にかかわる緊急事態ですから、そのための支出が増えるのは当然です。なんら非難すべきことではありません。問題は支出をまかなうために政府の借金が急増していることです。コロナ不況で景気が急激に落ち込んでいますから、政府の財政収入の柱である税収は大幅に落ち込み、その穴埋めに借金(国は国債、地方は地方債)が急増するからです。政府の見通しでは、今年度末の公債(国債と地方債)発行残高は、国債を中心に約1,200兆円でGDP(国内総生産)の220%近くに達するということです。つまり日本国内で国民が稼いだ所得をすべて借金の返済に回しても2年間かかるということです。
コロナ後、財政をどう立て直していくのか。政府はもちろん、わたしたち国民に課せられたまことに大きな課題なのです。
(2021年1月29日記)
【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。
<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか