福島第一原発の汚染水の海洋流失が大問題となっています。9月3日には、政府が対応方針を決定。総額で470億円の国費を投入して遮水壁の建築の取組が動き出しました。
遮水壁としては、地面を凍らせることで土壌から海への汚染水の流出を防ぐによる「凍土壁」が手段として検討されています。ただし、この凍土壁については技術的に困難であるとの指摘もあり(注1)、すぐさま取り組むのではなく、技術開発と並行して海洋流出に対して対応がなされていくことになります。
汚染水の問題は、凍土壁という科学技術的な難しさだけではありません。遮水壁で海への流出を防いだとしても、毎日400トンという地下水が建屋地下に流れ込み、それに伴い日々汚染水が増えていくことになります。汚染度の低いものについては、順次、海に流すといった方策も合わせて検討されていますが、近隣地域における漁業への影響といった社会的な課題も抱えています。今回は汚染水問題に関わる社会的な課題を解決するためのアプローチについて解説します。
朝日新聞(2013年8月25日、朝刊23面)や東京新聞(2013年9月4日、朝刊3面)など
社会に対して説明する責任
汚染水の影響は福島第一原発の敷地内を超えて海まで及んでいます。汚染水の海洋流出によって、9月に漁業を再開する予定だった近隣地域は、漁業再開を延期しました。これにより、その地域の生活や経済にも影響が出ます。このため、東京電力や国(政府)は直接影響を受けることとなった近隣住民へ説明を行う責任があるのです。(注2)
さて皆さんは、何か社会問題が起こった時に『関係各位に、ご理解とご協力を賜っていく』や『地域の方々に不安を取り除くよう、きちんと説明していく』といったフレーズを見聞きした経験はないでしょうか。「理解と協力を」「きちんと説明を」と言葉で表現することは容易ですが、これを実行に移すことは非常に困難です。また、説明を受ける側がどう感じるかによっても、説明が十分か不十分か、その結果として理解を受けられるかどうかが決まります。
説明をする側、受ける側は双方が人(ヒト)ですから、相手に対する印象はとても重要です。『この人は自分を騙そうとしている』と感じた場合、その人の説明を素直に受け入れることがあるとは、到底考えられません。相手の説明を受け入れる際の重要な要素の一つとして、相手への「信頼」というものを挙げることができます。
9月3日には政府と東京電力から、地元漁業組合に対して説明会が開かれています。(毎日新聞、2013年9月4日、朝刊3面)
社会科学の知識を問題解決へ
汚染水問題のような「個人の力では解決できない問題」に直面した時、人は信頼できる誰かに任せようとします。この時、人が何によってその相手を信頼するかについては、社会心理学の分野で、学術的な研究成果が出されています。
『人は相手の「能力」と「意図」によって相手を信頼する』とされています(注3)。「能力」とは、その問題を解決するための「能力」であり、「専門性」と言い換えることができます。つまり、「この人はこの問題の専門家(プロフェッショナル)である」と認識すればその相手を信頼する動機が生まれるということです。「意図」は、「誠実さ」と言い換えることもあります。「この人は自分の利益ではなく、本当のことを私に伝えようとしている」と感じれば、その相手を信頼する気持ちが出てくるものです。
となると、汚染水の問題ではどうだったでしょうか。汚染水の海洋流出は、東日本大震災のあった2011年3月11日以降、少なからず指摘がなされていました。しかし、東京電力が汚染水の海洋流出の事実を認めたのは、2013年7月22日です。そして7月26日には汚染水にかかる情報公開が遅れたことや、それに伴う東京電力の姿勢について謝罪がなされています(注4)。国(政府)は、汚染水の海洋流出を受け、9月3日に対応方針を決め、オリンピック・パラリンピックの開催地を決定するIOC総会(9月7日)のプレゼンテーションにおいて、安倍首相は「状況はコントロールされている」と発言されていますが、対応の遅れについては、与党自民党内からも批判が出ています。(注5)
震災後、海の汚染度を継続してモニタリングしてきた人たちにとって、漁業の再開は震災復興においても非常に大きな事柄だったと想像できます。その漁業再開を前にしたタイミングでの、東京電力による汚染水の海洋流出の発表は、近隣地域の人々にどのような印象を与えたのでしょうか。少なくとも、好印象であったとは考えにくいです。
信頼のモデルは、本文で紹介した以外にも『主要価値類似性モデル』というものがあります。このモデルは「価値観を共有する相手を信頼する」という考え方で、大まかに説明すると、「自分にとって重要なことを『分かってくれていると感じる相手』」を信頼するというものです。詳しくは参考図書を挙げておきます。
朝日新聞、2013年9月4日、朝刊2面
汚染水に係る社会問題の解決と信頼の醸成にむけて
信頼が失われた場合、あるいは、そもそも不信感が強い場合は信頼回復を試みることが可能です。先に紹介した信頼モデルによれば、「能力」や「意図(誠実さ)」が信頼における重要な要素になっていますから、それを意識した説明を行うことができれば、相手から信頼を得る可能性が高まります。
ただし、説明するにあたっても考慮すべき点があります。
先ずは、専門性の問題です。専門性を発揮して説明することは、「能力」の観点から信頼の醸成につながります。しかし、説明を受ける側の全ての人が高度な専門知識を有しているわけではありません。現状や汚染水による影響、遮水壁の建設等にかかる説明に当たっては、専門用語を言い換えるなど、説明の受け手の理解を容易にする工夫や誤解を生じさせないための工夫が必要になります。
次に、コミュニケーションの必要性です。一方的に説明するだけでは、一方的な情報伝達になってしまいます。これは「意図(誠実さ)」の観点で疑念を抱かせてしまった場合、信頼の醸成につながりません。そのために意思疎通(コミュニケーション)の機会が必要になります。コミュニケーションを経ることで相互理解を促し、その過程で「能力」や「意図(誠実さ)」が評価されることにより、信頼の醸成が期待されます。
そして場の設計です。上記とも関わりますが、コミュニケーションを行うためには時間がどうしてもかかります。一回だけのコミュニケーションで、相手にすべて理解してもらうということには無理があります。ある程度のスケジュールを想定した上で、説明と質疑を行う場を複数回設けるとともに、各回での説明と質疑での時間配分や司会進行といった、場の設計と管理運営が円滑なコミュニケーションに必須となります。
今と将来を見据えて
汚染水の問題は現在進行形の問題であり、速やかな対応が求められています。日本国内だけでなく、世界中が原発に係る一連の問題に注目しています。この注目には、汚染水の海洋流出そのものだけではなく、それに影響を受ける地域への対応も含まれています。地域と国、東京電力との間でのコミュニケーションを通じた信頼の醸成は、今回の汚染水への対応だけでなく、復興のまちづくりや復興後を見据える上で、非常に重要であるといえます。
参考図書
- 信頼モデルについて
中谷内一也 著(2008)『安全。でも、安心できない… 信頼をめぐる心理学』、ちくま新書 - コミュニケーションについて
原科幸彦 編著(2005)『市民参加と合意形成 -都市と環境の計画づくり-』、学芸出版社