教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

政治・経済・ビジネス

現在、テレビや新聞や雑誌などで「アベノミクス」が大きな話題となっています。それではアベノミクスとはなんのことでしょうか。この言葉は、現在首相となっている安倍晋三氏の名前と経済学を意味するエコノミックスという用語とを組み合わせた和製の造語です。安倍内閣が日本のデフレを克服するために行う経済政策という言葉として使われています。
この政策をめぐっては、政治家や専門家などの間で大論争が行われています。この政策は私たちの生活とどのようにかかわるのでしょうか。さまざまな見解がある中で、アベノミクスについて、私なりの意見を述べてみたいと思います。

アベノミクスの中身は何なの?

アベノミクスという経済政策は、(1)日本銀行が金融緩和政策をこれまでになかったほど大胆に推し進めること、(2)政府が公共事業のための財政歳出を行って経済を浮揚させるという機動的な財政政策を実施すること、(3)民間の投資を増加させるために政府が経済規制の緩和や新産業の育成などを図るという成長戦略を推進すること、これら3つの内容からできています。安倍内閣はこの3本柱を「3本の矢」と呼んでいます。
このような政策を通じて、物価が連続して下がるというデフレ状態をなくして2年以内に2%程度の物価上昇を実現し、また設備投資の増大を図り日本を再興させるという目標をもつものがアベノミクスです。
超金融緩和政策と機動的財政出動がすでに実施されており、また現在、本格的な成長戦略、産業競争力強化策が検討されています。

アベノミクスにはどのような効果があるの?

アベノミクスは、将来の経済に対する人々の期待を重視し、これをふくらませることに大きな期待を寄せています。日本銀行が金融機関から国債を大量に買うなどしてお金を大量に市場に散布すれば、物価が上昇して、売上高が増加すると人々が予想するようになり、この結果、経済活動が活発化するとされています。アベノミクスでは、人々の心理状態に働きかけて、生産を拡大しようという、「良い意味での物価上昇」に期待しているのです。日本銀行は、民間銀行への資金供給の増加が貸出の増大、生産の拡大につながるということも期待しています。
また、安倍内閣は、このような短期的な金融財政上の資金散布に止まらず、経済構造改革などの長期的な政策によって日本産業を再興させ、新たな成長分野を切り拓き、日本経済の国際的な展開をも図ろうとしています。
アベノミクスは、このようなルートを通じて、1990年代末から続いてきた日本のデフレ状態からの脱却を図り、日本経済を再興させようとするものです。
このようにして本当に経済が良くなれば、働く人の給料が上がり、私たちの暮らしもよくなり、子どもたちのお小遣いもあがるかもしれません。

アベノミクスにはどのような反対意見があるの?

このようなアベノミクスに対しては批判もあります。
日本銀行が国債を金融機関から買うなどして民間銀行への貨幣供給量を増大させて民間銀行の資金量を増加させたとしても、この貨幣数量の増加が物価上昇を意味するインフレとはかならずしも結びつかないという見解があります。1990代末以降、賃金水準の低迷が生じており、人々の商品に対する需要が増える見通しが立たず、日銀が貨幣供給の増大を図っても企業の投資は増大しない、したがって銀行貸出しが増加しない、だから日銀が供給した通貨が市場に出回ることにはならない、というのです。
また、賃金水準が低迷しているときに物価が上昇すれば、人々の生活がかえって苦しくなるという、「悪いインフレ」が起こるということになります。
日本銀行が無原則に国債を買い入れていけば、国債膨張に歯止めがかからなくなり、財政が破たんするのではないか、大量の国債を買い入れた日銀が通貨価値を維持しようとして国債買入れを抑制しようとするようになれば、国債が暴落するのではないかということも懸念されています。もしも国債が暴落すれば、金融市場の金利が急上昇し、借り入れを行っている民間企業に打撃が生じる、また、国債に依存している国家の利子負担が増大し、財政悪化がさらに進行するおそれもある、さらに、大量の国債を保有している銀行にも大損失が生じるということも指摘されています。
公共事業への財政歳出についてもこの効果に疑問が出されています。
成長戦略に関しては、規制緩和をして従来新規参入ができない部門への企業進出を認めることは、すでに権益を持っているものの抵抗を受けることとなり、容易に実現できるものとはいえません。雇用制度改革などを伴う規制緩和が国民生活の向上に繋がるものかどうかについての検討も必要であるといわれています。
このように、アベノミクスには効果がないということや副作用があることが指摘されているのです。この立場に立てば、私たちの暮らしがよくなり、子どもたちのお小遣いもあがるということは必ずしもいえないことになります。

アベノミクスをどのように考えればよいの?

アベノミクスは、短期的には、将来の株式価格上昇や円の為替相場の低落への期待(予想)を強めました。このことが部分的に高額消費財の需要増大や輸出の増大につながっていることが指摘されています。経済がよくなるのではないかという雰囲気から、設備投資増大の兆しも若干みられるようになってきています。
しかし、本格的な国内投資や賃金の上昇はまだあらわれていません。アベノミクスが投資の増大と賃金の本格的上昇をもたらしたとき、それは成功したといえるでしょう。アベノミクスをどのように考えるかについての結論はまだでていないように思います。経済政策については、評価が1つに決まっているわけではなく、多様な評価が可能です。高校生の皆さんは大学に入り、経済学や金融論を学び、自らよく考えたうえで、経済政策に関して望ましい選択をしてほしいと思います。
私は、金融緩和政策だけで経済がよくなると考えていません。もちろん、金融で何もしなくて良いというわけではありません。金融が経済発展の手助けをする必要があります。金融機関には経済の成長を促進する資金の供給を行うという立派な役割があります。しかし、金融機関は経済の主役ではなく、本来はそれを支えるものといえます。経済の主役はあくまでもモノづくりを行う企業です。この企業などに関係する従業員の雇用の増大と賃金の上昇を図ることが重要です。このために金融機関になにができるか、金融機関は中小企業などの経営をどのように支援すればよいのかということに知恵を絞ることが大切です。
無制限にお金をばらまきますと、お金の値打ちが下がってしまい、お金を受け取りこれを保有する人々はお金を受け取って本当に大丈夫かという不安を感じるようになります。このような事態はなんとしても避けなければなりません。お金の値打ちが下がりすぎないように注意する必要があります。このことは日本銀行にもよくわかっています。
経済対策のために財政歳出を増やすことは確かに景気刺激効果があります。しかしその波及効果には限界があります。また、この歳出の増大は財政状態を悪化させます。したがって、この増大によって経済を立て直すことにも限界があると私は考えます。
現在、成長戦略をどのように進めるかということが大きな課題となっています。この戦略方策がアベノミクスが成功するかどうかの大きな鍵を握っています。この戦略の実行は容易ではありません。中小企業・地域企業活性化、科学技術の振興・技術革新の推進、医療などに関係する成長産業部門の育成、再生可能エネルギーの開発などを、国民の合意形成を図りながら実施していくことが大切だと思います。

解説者紹介

齊藤 壽彦