教員コラム

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政治・経済・ビジネス国際

多国籍企業の活動と国際的な税金問題

本来、税金はそれぞれの国の課税権(税金を課する権利)のもと国内において課税されるべきであると考えられます。しかし、今日のように、国際的に活動する多国籍企業が増加するにつれ、税金は国内的な問題であるだけでなく、国際的にも取り組まなければならない問題になりました。
多国籍企業とは、一般的には二カ国以上の国で活動する企業のことです。日本では、トヨタ、日産、Panasonicなど多くの企業が国際的に活動していますが、そのすべてが多国籍企業です。アメリカでは、Google、Apple、GMなど、数えきれないほどの多国籍企業があります。もちろん、イギリスやドイツ、その他の国にもあり、スターバックスも多国籍企業です。また、多国籍企業は、幾つもの系列企業と共に企業グループとして活動します。
では、なぜ多国籍企業は国内だけでなく、複数の国で活動するのでしょうか。それは、多国籍企業が、利益を求めて、できるだけ条件が良い国で活動することを望むからです。例えば、マレーシアなど東南アジア諸国の低い労働コストを利用すれば、多国籍企業は利益を得ることができるはずであり、そして、その活動は企業グループの利益にもつながると期待できます。
各国が課す税金もまた、多国籍企業にとっては、活動する国を選ぶ際の条件の一つになります。世界には、高い税金を求める国(高い法人税率の国)もあれば、低い税金を求める国(低い法人税率の国)もあります。日本は、多国籍企業からすれば、高い法人税率の国でしょう。そんな中で、多国籍企業は、低い法人税率の国で活動し、少なく納税することで、企業グループ全体の利益をあげようとします(これが国際的な「租税回避」)。
確かに、多国籍企業によるこの行動は脱税ではありませんが、しかし、限りなく違法に近いと言わざるをえません。そこで、グレーな方法を利用することなく、納税すべき国で公正に納税してもらうために、各国は多国籍企業による租税回避を規制しています。各国にとっては、このような租税回避は、深刻な問題でこれを見過ごすと、国内で納税されるはずの税金が海外へ逃げていく危険性があるのです。

国際的な租税回避とその対策—スターバックスの事例から—

2013年には、イギリスでスターバックスが引き起こした国際的な税金問題が大きな話題になりました。スターバックスが低い税金を求めるスイスなどを利用して租税回避を行っていたことが明らかになったのです。
そもそも、この問題の発端は、スターバックスが1988年にイギリスに進出して以来、累計30億ポンド(約4,200億円)の売上高があったのに、法人税はわずか860万(約12億円)ポンドしか納税していなかったことにあります。この時、スターバックスは赤字が続いて税金を支払えなかったと弁明していますが、これは租税回避の結果だと思われます。
スターバックスの租税回避では移転価格が利用されました。移転価格とは、親会社と子会社のような関連企業間での取引において設定される価格です。今回、スターバックスは、スイスの関連企業などとの取引において、仕入れにかかる移転価格を高く設定し、イギリスからスイスなどの他国に利益を移すことで、イギリスで支払うべき税金を逃れたのです。
下図には、イギリスのスターバックスとスイスの関連企業との取引が示されています。スターバックスは、原材料であるコーヒー豆をスイスの関連企業から仕入れ、その際に移転価格を高く設定していました。これは、イギリスで高い費用のもと利益が圧縮し、その分スイスに多くの利益を移すためです。例えば、通常100円で仕入れるものを120円で仕入れれば、仕入れ側では通常よりも20円の費用が多くなり、売り手側ではその分多く売上が計上され、その結果として、利益は仕入れ側から売り手側に移ります。スターバックスは、この例と同じことを現実に行ったのです。

図1 スターバックスとスイスの関連企業との取引

しかし、これは、先にもお話したように、グレーな方法であり、間違いなく租税回避ですので、イギリスにおいて公正に納税されるように対策を講じなければなりません。大抵の場合、このような租税回避には移転価格税制が適用されます。移転価格税制によると、スターバックスが設定した高い移転価格は通常の価格に引き直され、スイスに移された利益はイギリスに戻されます。イギリスが移転価格税制を適用したかは不明ですが、これが移転価格を利用した租税回避に対する対策として有効であることは間違いありません。

租税回避と日本の取り組み

日本でも、移転価格を利用した租税回避に対しては移転価格税制が適用されます。最近では、移転価格に関して税務当局と多国籍企業が事前に協議することで、問題を回避するような取り組みも行われています。さらに、多国籍企業との関係からすると、法人税率ゼロ、又は法人税率が極端に低い国をタックスヘイブンと呼びますが、この国を利用した租税回避に対しては、タックスヘイブン対策税制が適用されます。 租税回避をまねく原因としては、しばしば国家間の税率格差(高い法人税率と低い法人税率の格差)が指摘されます。スターバックスもイギリスとスイスの税率格差を背景に、今回のような租税回避を行ったものと考えられます。日本はイギリスと同じように、国際的にみて高い法人税率の国ですので、スターバックスのような多国籍企業は、日本から海外へ税金を逃がそうとするはずです。 このような状況の中で、図2に示されるように、日本は法人税率(基本税率)の引き下げに取り組んでいます。1984(昭和59)年の法人税率は43.4%でしたが、1987(昭和62)年には42%に引き下げられ、その後も法人税の引き下げは続き、1999(平成11)年には30%となり、2015(平成27)年には23.9%にまで引き下げられました。 日本のこの取り組みは、例外的ではなく、他国でも法人税率の引き下げが行われています。これは、一つには税金が海外へ逃げるのを防止するためです。ただ、懸念されるのは、日本が国際的な税金奪い合いの争いに巻き込まれることです。他国が法人税率を引き下げれば、競うように、日本もまた引き下げると予想されますが、それによって、他の税金(例えば、消費税)が増税されるなど、国民に負担が回されるのは避けなければなりません。 多国籍企業が国際的に活動する限り、今後も税金は国内だけの問題ではなく、国際的な問題であり続けます。その国際的な税金問題に対して、日本がどのような対策を講じるか、今後の動向に注目していきましょう。

解説者紹介

江波戸 順史