教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

地域・暮らし政治・経済・ビジネス

1. はじめに

私たちは、様々なブランドに囲まれながら日常生活を送っています。「ブランド物」「ブランド品」などと言うと高級バックやアクセサリー(例:ルイ・ヴィトン、グッチ)を思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、歯ブラシ(例:クリニカ、デンターシステマ)や清涼飲料水(例:コカ・コーラ、ペプシ)、コーヒーショップ(例:スターバックス、ドトール)などの製品やサービスにおいてもブランドは存在しています。多くの場合、このようなブランドを私たち(消費者)に提供しているのは企業ですね。では、なぜ企業はブランドを提供するのでしょうか。この点について、消費者の視点から考えていきましょう。
また、今日においては「地域ブランド」の構築を通じて地域活性化を目指すといった考え方が活発になりつつあります。ブランドの可能性を理解するため、この点についても考えていきましょう。

2. ブランド価値(消費者の視点)

ブランドとは「ある売り手の商品やサービスが他の売り手のそれと異なると認識させるような名前・用語・デザイン・シンボルやその他の特徴のこと」(アメリカ・マーケティング協会1995)です。この定義に従って「コカ・コーラ」を例に考えてみると、コカ・コーラという名前、赤字で書かれたロゴ・デザイン、そして、くびれのある独特のパッケージ・デザインなどがブランドであると理解することができます。

ここで重要なことは、ブランドをつくることとブランド価値をつくることは違うという点です。例えば、ブランドAは消費者に支持されているのに、ブランドBは支持されていない場合があるとします。この場合、ブランドAとブランドBの差はブランド価値の差と判断することができるでしょう。つまり、消費者はブランドAに対してブランド価値を抱いていますが、一方で、ブランドBに対しては抱いていないと考えることができます。以上のことから、企業にとってみれば、消費者の頭の中にブランド価値をつくることが重要になってくるのです。

では、ブランド価値とは何なのでしょうか。この点については1990年代から今日に至るまで多くの研究がなされています。その中でも、ここでは、日本の研究者によってよく引用されている考え方を紹介したいと思います。和田充夫教授(慶應義塾大学名誉教授)によって提示された考え方で、ブランド価値は「基本価値」、「便宜価値」、「感覚価値」、「観念価値」から構成されているというものです。

基本価値とは、そのブランドが位置付けられる製品やサービスの分野における機能に関する価値を指しています。例えば、歯ブラシは「歯を磨く」機能がなければ歯ブラシとして認識してもらえませんし、時計は「時を刻む」ことが出来なければ時計として認識してもらえません(例外:ビンテージ時計は「時を刻む」機能が無くても価値を持つ場合がある)。このことから、基本価値がブランド価値の根本を成していることがわかりますね。続いて、便宜価値とは、そのブランドを便利に入手でき便利に使用・消費しうる価値のことです(例:購入可能な価格、使いやすさ、など)。仮に、基本価値があったとしてもそれが消費者によって使用・消費できなければブランド価値があるとは言えないということです。感覚価値は、ブランドが消費者の五感に訴える魅力やイメージなどを指しています(例:かっこいい、おしゃれ、など)。そして、観念価値は、ブランドの物語性やシナリオのことを指しています(例:コカ・コーラはアメリカの象徴、ルイ・ヴィトンの古い歴史など)。

今日の日本においては、生産技術の発達によって基本価値や便宜価値によるブランドの差別化が困難になりつつあります。例えば、緑茶飲料を考えたとき、各ブランドの味の違いを正確に言い当てられる人は少ないでしょう。そのため、感覚価値や観念価値によって他のブランドとの差別化を実現しようとする企業が多いのです。サントリーが緑茶飲料を発売するとき、お茶づくりの老舗である京都・福寿園の創業者である福井伊右衛門に因み、「伊右衛門」といったブランド・ネームをつけ、その歴史やイメージをCMなどによって伝えています。これにより、「伊右衛門」に対して感覚価値(例:センスがある)や観念価値(例:歴史から感じる誠実さや情熱)を形成している人は少なくないでしょう。

以上、消費者の視点からブランド価値について考えてきました。企業は、ブランド価値を消費者の頭の中につくることで、競争他社のブランドよりも消費者に支持されよう(買ってもらおう)と考えています。そのため、多くの企業はブランド価値をつくろうと様々な戦略を考えては実行しているのです。結果として、スーパーやコンビニエンスストアには数えきれないほどのブランドがひしめき合い、私たちにとってブランドがとても身近なものになっているのです。

3. 地域活性化においてもブランドが注目されている

今までの話は、民間企業による製品やサービスに関するブランドの話でした。一方で、地域をブランドとして捉え(地域ブランド)、地域活性化を実現しようとする考え方が注目されています。

地域ブランドとは、「その地域が独自に持つ歴史や文化、自然、産業、生活、人のコミュニティといった地域資産を、体験の「場」を通じて、精神的な価値へと結び付けることで、「買いたい」、「訪れたい」、「交流したい」、「住みたい」を誘発するまち」のことを指します(和田ら2009)。ここで重要な点は、地域ブランドの目的です。それは、購買や観光が中心となった経済的な成長だけではなくて、地域に関わるすべての人々に誇りと愛着を持ってもらい、地域の持続的発展につなげることであると指摘されています。そのため、最終的には多くの人々に「住みたい」と思ってもらうことが重要になってくるのです。

では、地域ブランドをつくるにはどうすれば良いのでしょうか。今回は、第2節で説明したブランド価値の話から考えてみましょう。地域ブランドの基本価値や便宜価値は、ライフラインの整備度であり、公共サービスのレベルであると指摘されています。このことから、人が活動・生活するために最低限必要な環境条件が整わなければ、地域ブランドの価値は不十分である点がわかります。そして、感覚価値は、地域のイメージ付けをするという意味で重要であり、観念価値は、地域に物語性を感じシナリオに共鳴し、地域を憩いの場とし、自己啓発の場として愛着を感じてもらうという意味で重要です。つまり、通勤や通学に非常に便利といった地理的な理由(基本価値や便宜価値)では勝負できない地域に関しては、感覚価値や観念価値をつくっていくことで地域ブランドを高めていくべきだということがわかります。この高め方についてより詳しく知りたい方は、和田充夫ら著『地域ブランド・マネジメント』(有斐閣)を読んでみて下さい。

以上のように、製品やサービスだけではなく地域を対象としたブランドの議論も活発に行われています。つまり、ブランド研究は、企業の売上アップやシェア獲得のためだけのものではなく、違う対象(今回は地域)をも捉え、その発展に貢献しうる可能性があることが分かります。地域以外にも自分自身をブランドとして捉え、分析してみることもできそうですね。ブランドという切り口で日常生活を捉えなおしてみると新たな発見に出会えるかもしれません。

解説者紹介

赤松 直樹