教員コラム

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政治・経済・ビジネス

消費者の買い物と情報量

「この商品は使いやすいね。家に帰ったら、もっと安いAmazonで買おう」。これは以前、ある家電量販店で買い物をしていた時、近くにいた若い買い物客から聞こえてきた会話です。彼らは、店頭で実際の商品を試しつつ、スマートフォン(スマホ)を操作し、さらに安く購入できる店が無いか調べていました。皆さんにもこのような経験があるのではないでしょうか。店頭はあくまで「品定めの場所」とし、実際購入する際はより低価格なネット・ショップを利用するといった行動を「ショールーミング」と呼び、最近のメディアでもたびたび取り上げられるようになっています。
ショールーミングを加速させる要因の1つがスマホの普及です。スマホにより、価格比較サイトやクチコミ・サイトなどに簡単にアクセスすることが可能になりました。その結果、価格に限らず、商品の詳細スペックや他のユーザーのクチコミなど、我々は買い物をするときに手元のスマホを少し操作するだけで、瞬時に多くの情報を得ることができます。これは、一昔前では想像もできなかった大きな変化です。
多くの情報に取り囲まれている状況は、一見すると消費者にとって非常に便利で魅力的なことです。しかし、本当にそう言い切れるでしょうか。ここでは、情報量と消費者の買い物行動について考えてみましょう。

商品のにわか勉強は満足度を下げることも

「多くの情報を得ることが、本当に良い買い物をもたらすのだろうか」。疑問を持った筆者は、2014年の秋、アウター(コート、ジャケット、ブルゾンなど)の購入を検討している消費者に対してアンケート調査を行いました(1)。調査は、アウターの購入を検討している段階と、購入し終わった段階という2時点にわたって行われ、商品に関する情報収集や買い物に対する満足度などを尋ねるものです。回答データを分析したところ、興味深い結果が得られました。アウターに関する関心の低い消費者が、購入直前に多くの情報を収集した場合、かえって商品や自分自身の選択に対する満足度が低くなるという傾向が示されたのです。つまり、普段あまり関心のないことについて、たとえにわか勉強したとしても、納得いく選択が行われにくいことが示されています。
なぜこのような傾向が生じるのでしょうか。原因の1つとして「情報過負荷」が挙げられます(2)。情報過負荷とは、あまりに多くの情報が与えられ、人の頭では処理が難しい状態を指します。インターネットやスマホの普及により、消費者はますます情報過負荷の状態に陥りやすくなりました(3)。情報過負荷の状態になると、人は誤った判断を下す傾向にあるといわれています。ただでさえ、普段アウターに関心のない消費者が、にわか勉強で膨大な情報と接した場合、情報過負荷状態となり、ベストな商品選択ができなくなったと考えることができます。

豊富な品揃えと消費者の商品選択

多くの情報があることが、必ずしも消費者にとって望ましい状態ではないことは、「品揃え」の観点からも検討されています。その代表例として、米国スタンフォード大学の大学院生であったアイエンガーたちによる実験は非常に有名です(4)。彼女らはスーパーで2回にわたる実験を行いました。いずれも、スーパーの店内にジャムの試食コーナーを設け、従業員にふんした実験者が前を通りかかる消費者に試食を勧めるという実験です。1回目の実験では24種類、2回目の実験では6種類のジャムを試食コーナーに並べ、試食に立ち寄った人数、試食後にジャムを購入した人数を記録していきました。これらの結果をまとめたのが下の表です。

  (1)試食コーナーを
通りかかった人数
(2)試食に立ち寄った人数
((1)に占める(2)の割合)
(3)ジャムを購入した人数
((2)に占める(3)の割合)
24種類陳列時 242人 142人(約60%) 4人(約3%)
6種類陳列時 260人 104人(約40%) 31人(約30%)

出典:Iyengar and Lepper (2000)をもとに筆者作成

結果を見てみると、試食に立ち寄った人数割合が多いのは24種類陳列した時でしたが、実際に購入した人数割合が多いのは6種類陳列した時だったことが示されています。前者のように商品のバラエティが豊富な場合、確かに多くの消費者の目を引きつけ、試食に立ち寄らせることができます。しかし、実際にそのなかから1つを選ぶ場合、あまりに多くの種類があると消費者は情報過負荷状態に陥り、商品を決めきれず、購入をためらってしまうのです。皆さんも普段の買い物で、「色々ありすぎて今決められないから、また今度考えよう」と感じたことはないでしょうか。実験結果は、こうした消費者の感覚をリアルに映し出したものと言えます。

言い訳しやすい商品が選ばれる

アイエンガーたちの実験は、「品揃えが豊富すぎると、かえって買う気が失せてしまう」という現象を巧みに描き出しています。しかし、品揃えが豊富だからといって、常に買い物をやめてしまっていては、日常生活も送れません。選びきれないほど豊富な品揃えのなかから、どうしても1つの商品を購入しなくてはならない場合、我々はどのように選択を行うのでしょうか。ここで別の研究結果を紹介します。
米国の大学院生であったセラたちは、実験参加者である学生121名を2つのグループに分け、アイスクリームの選択を課しました(5)。一方のグループには10種類、もう一方のグループには2種類のアイスクリームが示され、各種類に通常タイプとローカロリー・タイプが用意されています。選択結果を分析したところ、アイスクリームを10種類提示されたグループは、2種類提示されたグループに比べ、ローカロリー・タイプを選択する割合が高いという傾向が示されました。多すぎる選択肢からどうしても1つの商品を選ばなければならない時、消費者は「もし商品選びを失敗していたら」と考え、不安やリスクを強く感じます。その結果、万一商品選びに失敗していたとしても言い訳しやすい商品を選ぶ傾向にあると彼らは説明しています。商品購入後に「失敗したかも」と感じたとしても、「自分はローカロリー商品という正しい選択をしたのだ」と弁明できるような商品選びが行われるのです。

「選択のしやすさ」がキーワードに

ここまで、利用可能な情報が多いことが、必ずしも消費者にとって望ましいとは限らないことを示してきました。世界の消費者7,000人を対象に行われた大規模調査では、企業からの膨大な情報やメッセージが消費者を遠ざけていることが示され、「選択のしやすさ」の重要性が指摘されています(6)。いくつかの企業では、自社商品の購入検討者らが集い、情報交換や助言をし合えるコミュニティ・サイトを設けることで、消費者の選択を手助けする試みも見られます。これからのマーケティングを考える際、「選択のしやすさ」は1つのキーワードになりそうです。

【注】

  1. 外川拓(2015)「購買直前の情報探索と購買後の再評価—2時点調査に基づく探索的検討—」『千葉商大論叢』、印刷中。なお、この調査は科学研究費補助金(研究課題番号:25780275)によって行われました。
  2. 情報過負荷に関する詳細な議論は、永井竜之介(2013)「マーケティングにおける情報過負荷研究の展開」『商学研究科紀要』、第77巻、早稲田大学大学院商学研究科、105~120を参照。
  3. 青木幸弘(2012)「消費者行動の変化とその諸相」、青木幸弘・新倉貴士・佐々木壮太郎・松下光司著『消費者行動論』、有斐閣、112-136。池田謙一(2010)「マスメディアとインターネット—巨大にみえる影響力はどこまで実像か」、池田謙一・唐沢穣・工藤恵理子・村本由紀子著『社会心理学』、有斐閣、267-289。
  4. Iyengar, Sheena S. and Mark R. Lepper (2000), “When Choice is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing?,” Journal of Personality and Social Psychology, 79 (6), 995-1006.
  5. Sela, Aner, Jnah Berger, and Wendy Liu (2009), “Variety, Vice, and Virtue: How Assortment Size Influences Option Choice,” Journal of Consumer Research, 35 (6), 941-951.
  6. Spenner, Patrick and Karen Freeman (2012), “To Keep Your Customers, Keep It Simple,” Harvard Business Review, 90 (5), 108-114.

解説者紹介

外川 拓