教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

IT・デザイン

はじめに

先日(2015年3月上旬)、ゼミの学生たちと居酒屋でお酒を飲む機会がありました。彼らの間で盛り上がっていたのは「アベノミクスやばい」とか「日本の某電機メーカーがやばい」とか、そんな話題ではなく、
「曲芸士やばい」
でした。いわゆるスマホゲームに詳しい人はピンときたと思いますが、これはガンホー・オンライン・エンターテイメントが提供する『パズル&ドラゴンズ』(通称パズドラ)というゲームの話です。キャラクターを集めて自由に編成し、パズルを上手く解くことで敵を倒していくこのゲームにおいて、「曲芸士」という「強すぎるキャラクター」が新たに追加されたことが「やばい」というのです。
詳細は後ほど説明するとして、パズドラに代表されるスマホゲームは、F2P(Free to Play:基本無料)というビジネスモデルを採用しているものが数多く存在します。 これは一般的に以下のような形で提供されるゲームを指します。

  • ゲームソフトは無料でダウンロードできるため、対応しているスマートフォン(広く言えばゲーム機)を所持していれば、誰でも遊ぶことができる
  • 定期的に新たなステージやキャラクターが追加されるため、(やはり無料で)継続的に遊ぶことができる
  • ゲーム内で利用できる便利なアイテムやキャラクターなどを有料で購入することができる

このような仕組みをもったゲームにおいて、例えば「そのキャラクターさえ持っていればどんなステージでも簡単にクリアできてしまう」といった「強すぎるキャラクター」を突然追加することは、熱中していたはずのプレイヤーをしらけさせ、アイテムの購入意欲を低下させるばかりか、ゲーム自体をやめさせてしまう可能性があること、つまり、そのゲームを提供する企業にとって「やばい」ということは容易に想像できるでしょう(なお「曲芸士」についてはあくまで一部の学生の意見であり、パズドラが本当に「やばい」わけではありません。あしからず)。

このビジネスモデルを採用したスマホゲームは、テレビのコマーシャルで「基本無料!」という文言をよく見かけるとおり、ここ数年で様々なゲーム会社が開発し、サービスとして運用しています。このきっかけとなったのが、2012年にサービスを開始したパズドラの大成功であり、日本のゲーム業界に大きな影響を与えています。
さて、このF2Pの仕組みについて、少し視点を変えて見ると、ゲームの設計(ゲームデザイン)が、収益化の方法(マネタイズ)と深くかかわっているビジネスモデルであるともいえます。 この2つの関係を説明するために、まずゲームビジネスの歴史について簡単に振り返ってみることにしましょう(なお、ガンホー・オンライン・エンターテイメントの創業者であり、代表取締役社長の森下一喜さんは千葉商科大学付属高等学校の卒業生です)。

ゲームビジネスの歴史

ビデオゲーム(コンピュータゲーム)がビジネスとして成立したのは1972年、米国において『ポン』というゲームが商業的に大ヒットしたことから始まります。その後40年以上にわたり、娯楽のひとつとして広く普及し、国際的な産業になっているのはご存じの通りです。ここではその歴史について少し駆け足で説明します。詳しく知りたい方は文献を参照してください。

(1)アーケードゲーム

アーケードゲームとは、ゲームセンターなどにある大型のゲーム機を指します。基本的には「1回遊ぶごとにいくら払う」というサービス業に近いビジネスで、古くはピンボールゲームなどの機械的なゲーム機が流行していました。
ビデオゲーム機、つまりテレビ画面に映る映像によってゲームを楽しむための機械が、一般的に知られるようになったのは、1972年、アタリ社が開発した『ポン』がアーケードゲームとして人気を集めたことから始まります。『ポン』は卓球をモチーフとし、白黒画面でボールを打ち合うという、二人用のシンプルなゲームでした。その後、ビデオゲームは世界的に流行し、日本においても1978年にタイトーが発売した『スペースインベーダー』が大ヒットし、社会現象を巻き起こしました。「ゲーム機から回収した百円硬貨を運ぶのに大型トラックを使った」「市中の百円硬貨が不足し、日本銀行が発行高を増やした」といった逸話も残っているほどです。

(2)家庭用ゲーム機

テレビに接続することでビデオゲームが楽しめるようになる家庭用ゲーム機。今でこそ一般的ですが、ビデオゲームを商品として販売するというビジネスが成功したのは、1975年、アタリ社が開発した『ホームポン』というゲーム機が最初でした。名前からわかる通り、家庭で『ポン』が遊べるという売り文句で発売されたゲーム機で、それ以外のゲームで遊ぶことはできませんでした。
その後、ゲーム機本体(ハード)とゲームカセット(ソフト)をわけた形で発売するカセット式ビデオゲーム機が主流となり、米国でブームとなります。しかし1983年を境にそのブームは急激に収束し、米国の家庭用ゲーム関連会社の多くが経営不振に陥りました。これはブームに便乗したゲーム開発会社が質の悪いゲームソフトを量産し、ユーザーの信用を損なわせたことが原因だと言われています(アタリショックと呼ばれる現象ですが、他説あります)。
当時は「家庭用ビデオゲームビジネスは死んでしまった!」とまで言われ、そのまま衰退するかと思われたゲーム市場を復活させたのが、日本において1983年に発売された任天堂『ファミリーコンピュータ』です(米国では1985年に発売開始)。その世界的な成功について話を始めると一冊の本になってしまうため省略しますが、日本がゲーム大国として世界を先導する役割を果たすようになったこと、その後、現在に至るまでビデオゲームが巨大な産業として、そして娯楽のひとつとして発展するきっかけとなったゲーム機であるのは間違いありません。

(3)オンラインゲーム、そしてスマホゲームへ

ビデオゲームの発展は情報通信技術の発展と大きく関連しています。1995年以降、インターネットが急速に普及し始めたことに伴い、オンラインゲームと呼ばれる種類のゲームが誕生します。これはインターネットを介して、遠隔にいる複数のプレイヤーが同時に遊ぶことのできるゲームのことです。オンラインゲームを実現するためには、ゲーム開発費以外に定期的な設備費や運営費が必要となります。2000年代前半のオンラインゲーム黎明期においては「サービス使用料として月額いくら払う」という形で料金を徴収する形が一般的でした。
そしてもうひとつ、90年代後半から急速に普及したものがあります。携帯電話です。その性能の向上に伴って、携帯電話でゲームを遊ぶこともできるようになりました。これによりビデオゲームにさほど興味が無かった人も,それを気軽に楽しめる環境を得ることとなり、ゲーム業界は新たな局面を迎えます。F2Pの仕組みが誕生したのはこの頃です。やがてスマートフォンが登場し、より高度なゲームが実現できるようになった結果、多くのゲーム会社がスマホゲームに参入し始めました。そして2012年2月、ガンホー・オンライン・エンターテイメントがサービスを開始したパズドラが若者を中心に大ヒットします。
パズドラは現在も好調にサービスを続けており、ピーク時の月間売上は70億円(一般的なゲームソフト200万本分に相当する)だとか、株価が100倍以上になっただとか、景気の良い話を耳にした方も多いでしょう。その後、多くのゲーム会社が続々とパズドラの仕組みを導入したスマホゲームの開発を始めたことからも、パズドラがゲーム業界へ与えたインパクトの強さがわかるかと思います。

ゲームデザインとマネタイズ

こうしてゲームビジネスの歴史を振り返ってみると、技術などの発展に伴い、その「売り方」も多様化していることがわかります。それでは「売れるゲーム」とは一体どのようなものでしょうか? 
答えは色々あげられると思いますが、
「遊んでいて楽しいゲーム、ハマるゲーム」
という答えがまず思い浮かぶのではないでしょうか。

楽しいゲームを作る方法、すなわち、ゲーム開発に関する教育や研究について、日本はやや遅れをとっていると言われますが、米国では大学と企業が協力した上で積極的に進められています。
さて、ここからは「楽しい」ということ以外で、ゲームに必要な要素を考えてみましょう。
オンラインゲームやF2Pゲーム(F2Pを採用したゲーム)のように、継続的なサービスとしてゲームを提供する場合には、
「プレイヤーを飽きさせない」ようにしながらも「ゲームバランスを保つ」
ことを意識する必要があります。
飽きさせないためには、定期的にイベントを開催したり、新たなステージやアイテムを追加したりする必要があります。しかしこれらを闇雲に行ってしまうと、冒頭で示したとおり、例えば「強すぎるキャラクター」などが原因で、ゲームバランスを悪くしてしまい、結果、ゲームとして楽しくなくなってしまう可能性もあるわけです。

別の例として、ゲーム内に仮想的な通貨が存在し、それを用いてプレイヤー間で取引を行うことができるオンラインゲームを考えてみます。このような仕組みがあるということは、つまりゲーム内に「仮想的な経済」が存在するということを意味しています。従ってインフレやデフレといった現実世界と同様の、貨幣価値に関わる問題が起こりえるのです。貨幣価値が不安定だとプレイヤーがゲームを楽しめなくなる恐れがあるため、ゲーム会社は様々な方法でゲーム内の貨幣量の調整を行っています。なお上手く調整するためには経済学に関する知識が必要となります。

話をF2Pゲームに戻しましょう。F2Pゲームにおいて重要なことは、
「無料でも十分に楽しめる」うえに「アイテムを購入させるように仕向ける」
という仕組みであり、このような仕組みを上手く設計(デザイン)しなければ、ビジネスとして成立しません。
昨今のゲーム会社は、
「どのようにデザインすれば」「どれくらい儲かるのか」
ということについて様々な分析を行っているのです。 これには統計学などのデータ分析にかかわる知識が必要となるほか、「消費者心理」「マーケティング手法」といった商経学部で学ぶ内容も必要となります。

また一方、経験に基づく(ある意味、都市伝説的な)話として「ゲームが起動するまで1秒長くかかれば、数千万円単位で売り上げが落ちる」とか「全プレイヤーの9割が無料で遊ぶプレイヤーであっても、残り1割がアイテムを購入するプレイヤーであれば、ビジネスとして成立する」といった内容も広く伝わっています。
特に無料のサービスにおいて、収益をあげるための方法は「マネタイズ」と呼ばれます。述べてきたとおり、F2Pというビジネスモデルにおいては、ゲームのデザインがマネタイズと深くかかわっており、旧来のゲーム開発とは異なる様々な知識が必要とされているのです。
最後に、F2Pゲームで用いられる仕組みをゲーム以外に応用した事例について紹介しておきます。

※ただし、この試みは失敗に終わっています。

おわりに

F2Pという仕組みは、2015年3月現在、スマホゲーム市場において「儲かる」ビジネスモデルであることは間違いありません。しかし多くのゲーム会社が参入した結果、似たような内容のゲームが溢れかえり、莫大な広告費をかけて宣伝をしないと、試しに遊んですらもらえないというのが現状です。また今回は触れませんでしたが、ゲーム内アイテム販売において、アイテムそのものではなくアイテムが出るクジを販売するという、いわゆる「ガチャ」についても射幸性を煽るということで問題になっています。
恐らくは現在が成熟期であり、今後どうなっていくかは予想もつきません。勉強や仕事の息抜きとしてゲームを楽しんでいる方も多いと思います。たまにはゲームをやめ、プレイヤーとしての、つまり消費者としての立場を忘れ、ゲームを作って儲けなければいけないというゲーム会社としての視点から、ゲームの将来について考えてみるのも良いかと思います。

ちなみに……
冒頭のゼミの学生たちの話題はもちろん酒の席でのことです。普段はもう少し社会的な問題について討論していると(たぶん)思います。

【参考文献】
  • 赤木真澄『それは「ポン」から始まった - アーケードTVゲームの成り立ち』アミューズメント通信社(2005年)
  • NHK取材班『世界ゲーム革命』NHK出版(2011年)
  • 上村雅之・細井浩一・ 中村彰憲『ファミコンとその時代』NTT出版(2013年)
  • 週刊東洋経済eビジネス新書『パズドラの破壊力』東洋経済新報社(2013年)
  • 徳岡正肇『ゲームの今 - ゲーム業界を見通す18のキーワード』ソフトバンククリエイティブ(2015年)

解説者紹介

小林 直人