教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

政治・経済・ビジネス

なぜ消費税率が引き上げられると低所得者の負担が大きくなるの?

「消費税率が10%になったら、ハンバーガーはお店で食べるより持ち帰ったほうが消費税が安くなるかもしれないよ!」
「なんで? 同じものでも?」
先日こんな会話を耳にしました。今8%の消費税率を10%に引き上げる「消費税率の引き上げ」が話題になっています。そして、これとともに大きな話題となっているのが「複数税率制度の導入」です。複数税率制度とはごはんやパンなどの生活必需品には通常よりも低い税率の消費税を適用し、高価な宝石などの贅沢品にはこれよりも高い普通税率の消費税を適用することで低所得者に配慮するという制度です。この複数税率制度が導入されたときに生活必需品と贅沢品をどのように線引きするか検討される中で、冒頭のハンバーガーもその1つとして対応が検討されているのです。

では、そもそも消費税率が引き上げられるとなぜ低所得者への配慮が必要になるのでしょうか? それは、消費税のもつ1つの特徴にあります。この特徴を図で示したものが図1です。

図1では、第I分位が所得の最も低い層で、第X分位が最も高い層となっています。そして、所得に占める税負担合計の割合は、第I分位よりも第V分位、第V分位よりも第VII分位、第VII分位よりも第X分位と高くなっています。しかしながら、所得に占める消費税負担の割合は、最も所得の低い第I分位が2.9%、第III分位が2.4%、第V分位が2.4%、第VII分位が2.2%、第X分位が1.9%と所得が高くなるほどその割合が次第に低くなっています。

つまり、高所得者と低所得者を比べたときに、高所得者よりも低所得者の方が所得に占める生活必需品の購入割合が大きく、これに伴い消費税負担が生じます。このため、高所得者よりも低所得者のほうが収入に占める消費税の税負担割合が高くなってしまうのです。これを「逆進性」といいます。

この「逆進性」があるため、消費税率を10%に引き上げた場合、高所得者よりも低所得者のほうが所得に占める消費税負担割合がさらに高くなってしまうのです。そこで、生活必需品には低い税率を適用する軽減税率を採用することで、生活必需品の購入割合の大きい低所得者の消費税負担を軽減しようということなのです。

図1 収入階級別の実収入に占める税負担割合

図1

【備考】

  1. 総務省統計局「家計調査(勤労者世帯)」(2011年)の調査票情報を独自集計したものをもとに推計。
  2. 税負担は当時の税制に基づくものであり、消費税率は5%。

【出所】

財務省『収入階級別の実収入に対する税負担』(2016年2月1日)

生活必需品と贅沢品はどのように線引きするの?

さて、今、日本では生活必需品と贅沢品をどのように線引きし、複数税率制度(※1)を導入しようとしているのでしょうか?

日本では消費税率を10%に引き上げるときに、「酒類と外食を除く飲食料品のすべてと定期購読契約が締結された週2回以上発行される新聞」に軽減税率を適用することが検討されています。

このときに大きな問題となるのが加工食品と外食をどのように線引きするかです。その1つの案として、テーブルや椅子など食事をする場所があるお店で購入しその場で食事をしたら外食として10%を適用、持ち帰ったら加工食品として8%の軽減税率を適用というように食べる場所で線引きすることが検討されています。

そして、海外の例(※2)をみると、英国では気温より高く温めれば外食として高い標準税率、気温より低いまま持ち帰れば軽減税率を適用することにしています。また、カナダでは、ドーナツを5個までなら店内での飲食とみなして高い標準税率、6個以上を1度に購入したら軽減税率が適用されます。このように海外でも線引きに苦労しているのです。

また、そもそも、「酒類と外食を除く飲食料品のすべてと定期購読契約が締結された週2回以上発行される新聞に軽減税率を適用する」ということ自体が問題であるという指摘もあります。例えば、今検討されている制度では、スーパーで購入するペットボトルの水は軽減税率を適用、水道水はそれより高い標準税率を適用することになります。さらに、高級食材として知られるキャビアもスーパーで購入し自宅で食べれば軽減税率を適用することになります。キャビアは生活必需品かというと疑問が残りますよね。生活必需品と贅沢品の線引きはとても難しいのです。

複数税率制度導入による問題は?

それでは、複数税率制度導入によりどのような問題や影響があるか考えてみましょう。

  1. 事業者の事務負担はどうなるか?
    複数税率制度を採用して軽減税率を導入すると、複数の消費税率が存在することになります。このため、企業は扱う商品によって異なる消費税率に対応するため経理方法を変更しなければならなくなります。これには個々の商品の消費税額を厳密に把握するために取引ごとに消費税額や適用税率を記載する「インボイス」という帳票の導入が必要になります。
    そこで、政府は企業の事務負担を軽減するため、まず消費税が10%となる当初は個々の商品の消費税額を厳密に把握しなくても消費税額の計算・納税を認める「みなし課税制度」をすべての企業に認めることにしています(※3)。
    しかしながら、政府が10%の消費税率引き上げに伴い認めることにした「みなし課税制度」は大きな「益税」を生む可能性があります。「益税」とは「法構成上の不備から事業者が本来納付すべき税が納付されていないもの」(※4)です。つまり、「みなし課税制度」は厳密な処理・計算を必要としないため、本来企業が納付すべき消費税の一部が企業に残ってしまうことも起こり得るものであり、不公平感を感じさせるという懸念があります。
  2. 財源はどうするか?
    酒類と外食を除く飲食料品のすべてと定期購読契約が締結された週2回以上発行される新聞に軽減税率を適用すると、複数税率制度を導入しない場合よりも税収が1兆円減ってしまうといわれています。この1兆円をどのように手当てするのかが今注目されています。

今後の動向に注目を!

今回、2017年4月に予定されている消費税率10%への引き上げと、それに伴い検討されている複数税率制度を紹介しました。しかし、まだまだ様々な場面で消費税率の引き上げと複数税率制度について議論・検討されています。その結果、今回紹介した軽減税率の対象となる商品が変わる場合も十分考えられますし、今後の景気によっては消費税率10%の引き上げ時期も変わる可能性も否定できません。
今後の動向にも注目が必要なところです。

  1. ※1現在検討されている複数税率制度については、自由民主党・公明党『平成28年度税制改正大綱』2015年年12月16日を参考にしてください。
  2. ※2海外の例については、内閣官房社会保障改革に関する集中検討会議『第9回資料3-7』2011年5月30日を参考にしてください。
  3. ※3消費税率が10%に引き上げられたのち1年間は「みなし課税制度」をすべての企業に認めるが、年間売上5,000万円を超える企業は2017年4月から、年間売上1,000万円超5,000万円以下の企業は2020年4月からインボイスを導入することにしています(自由民主党・公明党、前掲)。
  4. ※4山本守之『租税法の基礎理論新版改訂版』548ページ 税務経理協会 2013年

解説者紹介

谷川 喜美江