教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

地域・暮らし政治・経済・ビジネス

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最近、地方創生という言葉が聞かれるようになりました。人口減少、少子高齢化に悩む地方の経済を活性化して、かつての賑わいを取り戻そうということですが、いったいどうすればよいのでしょうか?
温泉を掘り当てたり、おいしい料理や食材を開発して人を呼べばうまくいくでしょうか?
そもそもなぜ地方の経済が衰えてきたといわれているのでしょうか?

地方創生事業とは

政府は2014(平成26)年から「地方創生事業」を始めました。これは若い世代の就労・結婚・子育て支援、東京一極集中の歯止め、地域の特性に応じた地域課題の解決を柱として、それらを実現するための政策を実行しようというものです。そのために「まち・ひと・しごと創生本部」を立ち上げ、2016年度だけでも約1兆5千億円の予算を充てて積極的に取り組もうとしています。

皆さんは地方創生とか地域活性化という言葉を聞いて何を思い浮かべますか?

これまで地域活性化という分野で行われてきた政策としては、企業(工場)誘致が最も一般的でした。政府は公害防止や人口過密といった都市問題解決のために、1960年代頃から東京、大阪、名古屋などの大都市圏にある工場を地方に移転させたり、工場の新増設を地方圏で行わせるような政策をとってきましたが、その後、1980年代になり円高や貿易摩擦の問題が発生すると、大企業の多くが国内工場の閉鎖や海外に工場や事業所を移す動きを加速させました。

また政府は従来から、新幹線や高速道路、公共施設などの建設という公共事業によって地域経済の維持をはかろうとしてきました。しかし、政府の積極的な支出で財政が赤字になると、その財源として国債の大量発行が続き、政府が借金をしてまで企業誘致や公共事業を行い地方経済を支えることが難しくなっています。財務省のホームページによると、2016年の債務残高は国内総生産(GDP)の2.32倍になっているのです。

高校生と一緒に取り組んだ久留里線プロジェクト

このような厳しい経済環境の中で、地方創生という場合に何をすれば良いのでしょうか?

温泉を掘ったり、特色ある料理を開発したり、イベントを行う、といった方法が考えられ、事実多くの自治体で取り組んでいます。しかし、地域が活性化するためにはこうした取り組みだけでは限界があります。たまたま地方の料理(例えば〇〇焼きそば、××麺など)が大会で優秀な成績を取って注目され、人が訪れるようになったとしても、その効果は一時的なものがほとんどです。有名タレントを呼んでイベントを行っても、その時は人が集まるかもしれませんが、これも長続きはしないでしょう。

そこで、「地方創生で何をすべきか?」ということについての解決策を得るため、私たち人間社会学部では昨年、利用者の減少により存続の危機にあるといわれているJR久留里線を取り上げて、乗客増加と沿線地域の経済活性化を課題としたプロジェクト(久留里線プロジェクト)を立ち上げました。地元の自治体や商工会議所、農協をはじめ、高校生にも参加してもらい、活性化の施策を一緒に考えようという取り組みです。このプロジェクトにおいて、人間社会学部の学生が地元高校生と共に沿線地域の魅力発見活動を行いました。そして、この活動で得た情報はJTBパブリッシングが発行する『るるぶ』の特別編集版として外部に公表することができました。

また、千葉県報道広報課の事業と連携して、沿線地域の高校生による「フォトコンテスト」や小学生による「絵画コンテスト」を実施し、優秀作品を久留里線の車内に掲示したり、さらに、高校生には久留里線活性化についてのアイデアを提案するコンテスト(夢づくりコンテスト)も行いました。

ローカル線と古道歩き

こうして地元の関係者と一緒になって活性化のための方策を探る中から浮かび上がってきたこの地域の魅力の一つが里山です。私たちが調べてみると久留里線沿線に広がる里山には、久留里城や湧き水、伝統工芸、廃校になった小学校など多様な魅力が存在していることが分かりました。私たちは地元関係者の情報を元に、これらの魅力を巡る古道歩きを提案し、久留里線に乗車してこの地域を訪れる人を増やそうと考えました。そのため、地元の歴史家の方の案内で、小湊鐵道養老渓谷駅からJR久留里駅までのウォーキングコース作りに取り組みました。

私たちが考えたコースは2つあり、ひとつを「里山コース」、もう一つを「古道コース」と呼んでいます。里山コースは、かつてこの地域の人たちが農道として使用していたところです。戦後の一時期まで利用されており、集落や廃校になった小学校、素掘りのトンネル、地下を通す農業用水路などが見どころとなっています。古道コースは、昔から生活道路として使われていたところで、木更津から久留里を経て小湊に抜ける道です。清澄道として使われていた当時の道標や行き倒れになって亡くなった人を弔う墓標、旧川越藩の番所跡の表示などが残されています。

両コースとも16~17kmと長く、誰でも気軽に参加できるというものではありませんが、最近の中高年を中心としたウォーキングブームで歩くコースを探している人達にとっては、ローカル線への乗車も含めて魅力ある道になるのではないかと思っています。

地域の魅力を掘り起こす

今回企画した「ローカル線と古道歩き」は、上総地域に残る歴史的遺産や自然環境に焦点を当て、それを地域の魅力としてよみがえらせようというもので、地域経済活性化の方法として多くの地域で応用が可能だと思います。また、公共事業やイベントに頼ることなく、地域が持つ潜在的魅力を再発見することで外部から人を呼び込むという事業モデルになっているので、地域財政や自然環境への影響も少なくて済む、持続可能な方法です。

このように、地域の独自性を掘り起こす地域活性化戦略を実行することで、ローカル線を蘇らせたり定住人口を増やすことが可能になり、地域経済を発展させることができるでしょう。しかし、その際に重要なのは、地域に住んでいる人々の地域を愛する気持ちと柔軟な発想なのだと思います。

解説者紹介

教授 鈴木 孝男