教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

政治・経済・ビジネス

送電線

2016年4月、「電力小売り自由化」が始まりました。既に、電気を購入する会社を変えた家庭もあるかもしれません。普通の商品であれば、商品を購入する会社を変えるというのは、「めずらしくないこと」ですよね。しかし電気については、関東地方に住んでいれば、普通の家庭は東京電力からしか、電気を購入することはできませんでした。これは関東地方だけのことでなく、普通の家庭が電気を購入できる電力会社は、各地域に1社しかありませんでした。つまり、電気を購入する会社を選ぶことができなかった、ということです。何故、電気に関しては「普通でない」状況にあったのでしょうか?

これまでの電力供給体制

発電にかかる費用を考えた時、一般に全ての費用の中で施設(発電設備など)にかかわる費用が非常に大きくなります。これは、ダム等の水力発電施設を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。ダムを建設するには最低でも何百億円もかかりますが、ひとたび完成すれば、水の高低差を利用して発電するわけですから、燃料費はほとんどかかりません。この場合、発電量が多いほど、発電単価は安くなり、結果として消費者に電気を安く提供できる可能性が高まります。水力発電ほどではありませんが、他の発電方式についても同じ傾向にあります。発電量を多くするには、その電力の購入者が多くなければなりません。しかし、多くの電力会社がお客さんを取り合って競争していたら、1社あたりのお客さんの数は減るので、発電量は小さくなります。その結果、上で述べた理由により発電単価が大きくなるので、電気料金は高くならざるを得ません。電気料金の上昇は人々の暮らしを直撃します。このような事態を防ぐために、各地域に電力会社を1社に限定することで、ある程度の発電規模の確保を可能にし、発電単価を抑えることをめざしました。地域に1社しか電力会社が存在しないことを「地域独占」と呼んでいます。
地域独占を認めたのは、発電単価を下げることで電力料金を抑制することが大きな目的の1つですが、ライバル会社が存在しなければ、電力料金を不当に上げても、消費者はその電力会社から購入せざるを得ません。つまり、電力料金を下げる目的で認めた地域独占ですが、それだけでは電気料金の抑制につながるとは限らないのです。そこで、電気料金は「総括原価方式」で決定し、それを通商産業省(現在の経済産業省)が認可することとされました。総括原価方式とは、かかった費用(供給原価)に適正な報酬を加えるという料金決定方式です。この方式の採用により、電力会社が不当に高い電気料金を設定することは不可能になりましたが、それでも(認可が必要とはいえ)かかった費用が適切であったかどうかを判断することは困難です。また地域独占の下、かかった費用を確実に回収することが可能なため、投資を過剰に行ってしまう可能性が残ります。

電力自由化の進展

発電事業は費用に占める設備費の比率が大きいと述べましたが、現在の日本の発電の主力である火力発電は、天然ガス、石炭、石油といった燃料を大量に燃焼するので、燃料費の比率もそれなりに大きくなります。これは「生産量が大きいほど発電単価が低くなるという程度が大きくない」ということを意味します。また、技術革新の結果、発電量が小さくても、発電単価を抑制することが容易になってきたこともあり、以前ほど地域独占を重視する必要性が低下してきました。かつては、ほとんどの国で、電力供給は国営の電力会社または地域独占を認められた電力会社が担っていましたが、こうした状況の変化に対応する形で、特にヨーロッパ諸国やアメリカの一部の州で、地域独占等の規制が緩和されるようになってきたのです。
日本でも徐々にではありますが、電力の自由化は進んできました。電力事業は、電気を生産する発電部門、発電された電気を消費者の近くまで送る送配電部門、そして消費者に電気を販売する小売部門の3つに分けられます。これまでの日本は、この3部門が1つの電力会社によって一体的に運営されてきました。1995年、まず発電部門が自由化され、電気を電力会社に卸す「独立発電事業者」の参入が可能になりました。それまでも、企業が自家消費用に自家発電を行うことは認められていましたが、余った電気を売ることはできなかったのです。その後、小売部門の自由化(=電力の需要家が電力の購入先を選ぶことができる)が始まります。2000年に、大工場などが使っている「特別高圧電力」が自由化されたのを皮切りに、2005年までに、ビルやマンション、それほど大きくない企業まで対象が拡大されました。そして冒頭で述べたように、2016年の4月に家庭向け電力も自由化されたことで、小売り部門の自由化は完了したのです。

電力完全自由化に向けて

電力小売り自由化には、どのようなメリットがあるのでしょうか。多くの電力会社が存在し、顧客獲得競争が起こるわけですから、まず第1に電気料金が安くなることが期待できます。これが最もわかりやすいメリットでしょう。また、環境負荷や社会貢献などを尺度として、電力会社を選ぶことができるということもあげられます。東電福島第一原発事故を契機として、原発への関心・批判が以前よりも高まりました。「原発をどうすべきか」という問題は、意見が分かれ簡単に決着はつかないでしょう。しかし、電力会社を選択できるようになれば、「原発で作られた電力は買わない」「自然エネルギー中心の電力会社から買いたい」といった消費者としての願望を満たすことが可能になります。ただし、そのためには様々な発電方式で発電する電力会社が多数参入する必要があります。また、先行き等に対する不確実性が高いと、発電設備等に対する投資が十分に行われず電力供給が不足し、電気料金低下というメリットも実現しない可能性があることに注意が必要です。
なお2016年4月で、電力自由化が終了したわけではありません。これまでに発電部門と小売部門が自由化されたことは上述の通りですが、地域独占を認められてきた電力会社は、発電部門と送配電部門が一体化されています。新しく参入した発電会社が離れた地域の顧客に電力を販売する場合、既存の送電網に接続し、費用(託送料)を支払って送電してもらう必要があります。しかし、自前の発電所を所有する既存の電力会社にとって、新たな発電会社はライバルですから、高い託送料を課し、自社の発電部門を有利にするかもしれません。こうしたことが行われれば、発電部門の自由化とは言っても形式的なものになりかねません。それを防ぐためには、発電主体と送電主体を分ける「発送電分離」が決定的に重要です。日本では2020年までに、既存電力会社の発電部門と送電部門を「法律的に」分離することが義務付けられました。これは、同一の「持ち株会社」の下で「発電会社」と「送電会社」に分けるというものですが、完全な別会社にするわけではないので不十分という指摘もあります。
2017年4月からはガスの自由化が始まることもあって、改めて自由化に注目が集まるでしょう。どの電力会社、ガス会社を選ぶかで頭を悩ますことも大事ですが、今後電力供給システムがどうなっていくのか、ということにも関心を持ち続けて頂きたいと思います。


【参考文献】
小澤祥司(2016)『電力自由化で何が変わるか』岩波ブックレット

解説者紹介

教授 伊藤 康